続・5年後

□Projet sans planification 1
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久しぶりに江ノ電に乗って、陵南高校前で降りた。ここまで足を伸ばすのはいつ以来だろう。玲は辺りをぐるりと見渡した。
潮の香りを含んだ風が、記憶を呼び覚ますように肌をなでていく。言うに言われぬ懐かしさ。

だが、それにしみじみと浸ってばかりもいられない。というのも、今日は母校を偲ぶために来たのではなく、れっきとした仕事でもなく……とある頼みを断れなくてやってきた。


仙道の特集の放送前だったか、後だったか。田岡から玲に一本の電話があった。それは、卒業生として現役高校生に進路について体験談を話してくれないか、というものだった。
将来を選択する時期にさしかかる彼らに、なかなか聞けないリアリティのある話をしてほしいと、若手のOBを探しているそうで。

「そ、そんな話すようなことないです! それに何百人もの生徒の前でなんて……」
「何言っとる、ジャーナリストの端くれだろう?」
「だから、端くれですからっ。 あ、彦一くん! 相田くんはどうですか?」
「話にならん……というわけではないが、今回は女性にということでな」

田岡からの依頼を断れるわけがない。『進路講演会』の講演者を引き受けることになってしまい、本日やってきたわけだが、慣れないことにいささか緊張する。
田岡を含め、何人か当時の先生方も残っており、しかも進行役はかつての担任だった。少しプレッシャーが和らいだ


陵南生としても、下手に肩書だけある年配者の話より、玲のほうがいいに決まっている。しかもこの学校で『仙道』の名を知らぬ者がいるはずがなく、その角度からも注目の的だった。

土曜の午前最後の時限。拍手で迎えられ、壇上の演台に立つころには、玲も開き直りリラックスしてきた。
簡単な自己紹介のあと、「この体育館は懐かしすぎますね。教室よりも思い入れがあるかもしれません。バスケ部ではありませんが」なんて言う余裕まで出てきた。

高校生の頃にふとしたことでジャーナリズムに興味を持ち、大学はマスコミ系学科を目指した。藤真がきっかけで雑誌の仕事をするようになり、コラムを書かせてもらう機会を与えられ、自分の意見を述べる楽しさを知った。
取材して書くときは――― と仕事について触れつつ、あの頃から現在に至るまで、高校生だったときの目線で熱く語った。

「ある人を……取材したいという思いが、私の原動力でした」

少々のざわめきとともに、今まで以上に体育館内の全意識は玲に向けられる。

「モチベーションは何でもいいです。ただ、たとえ形を変えようとも移り変わろうとも、自分の思いを大事にしてもらいたいと心から思います」

ある人── 本来、ここまで具体的に言うつもりはなかった。
自分に向けられる若々しい真摯な目と、この懐かしい場に、少し口を滑らせてしまったかもしれない。でも彼らの将来に何らかの示唆を与えることができれば。玲は深々と頭をさげた。
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