続・5年後

□Affectueusement 02
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エンゲージリングは結局、ひとめ惚れに近い形で決まった。

それに合わせてマリッジリングも揃えたいところなのだが、こちらもなかなか思い描くようなデザインのものがない。
しかも欧州ではゴールドが主流らしく、プラチナは極めて少ないうえに、たいていの男性用はプレーンな輪形。
だが、仙道の大きな手にはそれでは少し寂しく、ひねりの効いた存在感ある指輪はないものか。かといって、あまり重厚すぎると仙道のイメージに合わない気がする。

そろそろジュエラー巡りも食傷気味……ということで、ふたりはマドレーヌ寺院にほど近いカフェに座った。
数歩歩けばカフェにあたる、と言っても過言でないほど多くのお店が存在するパリ。
天気が良いこともあり、テラス席はにぎわっている。のびのびとリラックスした空気が漂い、騒がしくも静か過ぎもしない。居心地が良さそうだ。
仙道は喉が渇いたとビールを、玲はショコラ・ショーを注文した。

「すごい濃厚! あ〜癒される〜〜」

玲の称賛の声に、ギャルソンは「だろ?」と言わんばかりにウィンクをした。
しっかりとしたとろみがあり、チョコレートそのものの厚みとコクを感じる。ラム酒で風味付けされており、甘い飲みものと言うより、これは大人の飲みものだ。仙道もひと口味見する。

「予想以上にあめぇな……」
「そう?」

どうせならフランス映画の真似をして、クリームブリュレの表面をスプーンで割って食べたいくらい。ホットチョコに加えてそれでは、さすがに糖分が多すぎるだろう。
ゆっくりとカップを口にしながら、街並みや行き交う人々をのんびりと眺め、この国のカフェ文化を堪能した。


もうすぐ18時になろうとする時刻だが、まだ辺りは昼間のように明るい。この時期、日没は21時過ぎだそうだ。
考えてみれば、到着したのは今朝の4時過ぎなのだから、ただでさえ長い一日。だが、早々に一番の目的のメドがたち、実にスムーズに進んでいると思われる。

「あとマリッジリングもいいのがあればなー」と玲は左手を宙にかざし、目を細めた。その時、隣で新聞を片手に寛いでいた初老の紳士に話しかけられた。

「Mademoiselle, Vous cherchez une bague ? non? 」

マドモワゼルしかわからない。きょとんとしていると、老紳士は英語になおした。
指輪をお探しかな? と問われ、はいと戸惑いながら答える。こちらの会話のリングという言葉や数々のジュエラーの名が耳に入っていたのだろう。

「“皆、指輪を見比べるときに手を広げるが、本来はこうするのが正解なんだよ”」と彼はゆるく手をグーの形に握った。
「“こんな風に手の甲をしっかり広げることなんて日常生活にあまりないだろう? 普通はこうだ”」

なるほど、そう言われてみればそうだ。バランスを見るならば、こうするべき。
さすがパリジャンと感嘆を込めてお礼を言った玲の目は、紳士のその手に釘付けになった。年相応に皺の刻まれた手だが、そこにさりげなく主張する美しいカーブのリング。
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