続・5年後

□Affectueusement 04
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仙道がベッドから抜け出す気配を感じ、玲はうっすらと目を開けた。

「……あ……きら?」
「ワリィ。ちょっと走ってくるから、まだ寝てな」

それから一時間ほど眠ってしまったようだ。気怠い身体に鞭打って起き、身支度していると、仙道が戻ってきた。

「おかえり。大丈夫だった?」
「ん? 何が?」
「……わかんないならいい。どこ行ってきたの?」
「昨日、教えてもらった公園。えっと、何だっけ……? 発音しづれえ名前の……」
「チュイルリー公園?」
「そこ。すぐ近くだったよ」

それは良かった。迷子にならずにすんで。仙道のことだから、人に尋ねようにもホテルの名を覚えているかどうかあやしい。

「天気いいから、他にもランニングしてる人いっぱいいたぜ。噴水の周りにベンチがあって、新聞読みながらバゲット食ってたり、皆、好きに過ごしてるって感じ。気持ち良かった」

長時間のフライトと、慣れない宝飾店周りに付き合わされ、身体を動かしたかったのだろう。すっきりしたのか、仙道の動作は軽やかだ。

「公園の中に立派な美術館もあってさ。すげーよな、そういうとこ」
「旅先の街を走るっていいね」
「明日、玲もくる?」
「んー、散歩くらいなら」

というより、起きられるかどうか自信がない。

「よし、今日の昼はテイクアウトして、外でのんびり食おう。美味しそうなパン屋、いっぱいあったぜ? 行きてえって言ってなかった?」

公園の名は忘れてしまっても、なにげないひと言をこうやって覚えていてくれる。
ふいにパスを出された気分だ。彼、お得意のノールックパス。そしてそれはあつらえたように自分の手元に届くからかなわない。

「じゃ、その前に行こっか」
玲が言うと、仙道はいくらか気の抜けたような顔をした。
「どこに?」
「昨日のムシューのお店! もう、早くシャワー入って着替えて!」



有名ブランド店が立ち並ぶ大通りから、一本入った落ち着いた場所にひっそりとその店はあった。
白い壁に黒いシックな窓枠にふちどられたガラスの向こうには、洗練されたデザインのジュエリーの数々が並ぶ。ここだ、間違いない。
決心して、ベルを鳴らそうとしたとき、「Bonjour」との声があり、振り返ると昨日の老紳士が立っていた。

「“来てくれると思ってたよ。さあ、入って”」

こじんまりとしているが白を基調とした店内は明るく、ふたりは奥のソファーに通された。

「“家族でやってる店だから小さいけど、腕には自信があるよ。でもサンプルを見て、気に入らなかったら『non』と言うこと。遠慮するのは日本人のよくないクセだ”」

そうコルベール氏は言ったけれど、玲はひと目見たときから魅入られた。
非現実的なほど美しい弧をえがくリング。ふたつとない希少性。そして試しにはめてみたときのフィット感が、何よりも決め手になった。シルクのように肌触りがよい。
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