続・5年後

□Sommeil doux
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部屋の置き時計に目をやると、もう11時半を過ぎていた。持ち帰った仕事に手を付け始めたら、あれもこれもとキリがなくなった。気付けばソファーに座っていた仙道がいない。点けっぱなしのテレビからは、深夜のニュース番組が流れている。
寝るのなら消すよう苦言を呈しているのだが、相変わらずの頻度でこの調子だ。それに「おやすみ」のひとことぐらい残してくれてもいいのに。それも本人にやんわりと伝えたことがあるが、邪魔しちゃ悪いからさと困ったように眉の両端を下げた。
そんなふうに微笑まれたら、それ以上の追及が出来ない。彼の常套手段であり、たいていのことが許されるとわかってのそれ。だが、こちらもその顔が見たくて小言を言うところがあるので、どっちもどっちだろう。

窓の外は冬の夜の闇に覆われている。寝たと思った仙道だが、寝室からは明かりが漏れていた。
「まだ起きてたんだ」
「ああ」
横になって読んでいた雑誌に目を向けたまま、仙道は答えた。玲はベッドに静かに入った。
彼の体温によって、なかは温室のように温かい。とても柔らかく自然で、安心する温かさだ。それは温度だけでなく、匂いも関係あるのかもしれない。嗅ぎ慣れた落ち着く匂い、それでいて程よく漂う男の香り。引き寄せられるように大きな背に頬寄せた。

「今のアイドルはすげえな。見て、これ」
きれいに割れた腹筋に、筋肉が筋となって浮き出た腕。男性向け健康雑誌の表紙には、その身体のイメージとは真逆の甘いマスクの芸能人が特集されていた。
「ほんとだ、彼、脱いだらすごいんだ」
「逆三じゃなくて菱形ボディだってさ」
「ふーん……ま、彰だって」
そう言って、後ろから回した手で彼の腹筋をなぞった。
「オレは仕事だから」
「彼だって仕事だよ。身体が資本」
「ん、そうだな。鍛えて、練習して、最大のパフォーマンスを求めるって意味では似てんのかもしれねえ」

アイドルとアスリートの意外な共通点。だが、アスリートはそこに明確な勝敗があるわけで、シビアな世界だ。先日の試合が頭をよぎる。勝ったとはいえ、紙一重の戦いだった。

「藤真さんなら、こっちに仲間入りできそうじゃね」
中身の特集をペラペラとめくりながら仙道が言った。
「えー、無理無理、健司にそんなサービス精神ないから」
「そうか? ブースターやファンの子には優しいぜ、ちゃんとひとりひとり握手して」
「そうなの……?」
「ああ、魅惑の藤真スマイル付き」

プロスポーツ選手ともなると、実力だけでなくスポンサーやマスコミ、ファンへの対応も大事な仕事というわけか。なるほど。

その時、ふいに仙道の携帯が鳴りだした。
「もしもし」
少し驚いた顔をしながら出たところをみると、思いがけない相手からなのだろう。
誰から──? ちょっと気になるけれど、そのまま目の前で話し続ける仙道にピタリと張り付くように寄り添っていた。
「そりゃ珍しいな、どうした……へえ、なるほどね、そういうことか。……ああ、その時に……わかった」
いや、さっぱりわからない。だがどうやら自分も知っている人物らしい。
「……玲? いるよ……ああ、伝えとく。じゃあな」
楽し気に仙道は携帯を切った。

「誰?」
「福田」
「フッキー!?」
越野あたりかと思ったが、外れた。あの口数少ないクールな彼から電話がかかって来るなんてレアだ。
「年明けの3次ラウンド、観にくるって。しかも連れがいるようなこと言ってた、たぶん女性」
「え、ほんと、彼女かな?」
「それはわかんねえけど」
なんで聞かないのと言いたいところだが、相手は福田でこちらは仙道。どうにも無理がある。こうなったら自分もその試合を観に行くしかない。もちろん行くつもりだったが、楽しみが増えた。

「フッキー、会うのいつ以来だろ」
「わかんねえ」
そう返ってくると思った。しかし素っ気ない返事とは裏腹に、仙道の声は嬉しそうだった。
もっと暖を求めるように、玲は仙道に抱きついた。彼の静かな呼吸が伝わってくる。その心地よい規則正しさにいざなわれ、いつのまにか玲は深い眠りに落ちていた。それは甘く、満ち足りた眠りであった。
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