中編

□新しい恋 02
1ページ/1ページ


カップのコーヒーを飲んで待っていると、大きなドラムバッグを提げた三井が戻ってきた。あー、疲れたと目の前に座る。と同時に「これな」と携帯をテーブルに置いた。
さっそく目的を果たすべく交換するが、見た目はまったく同じゆえに待ち受け画面を確認した。すると、三井がぽつりと言った。

「電話かかってきたぜ」
「ん?」
「それに」と顎で名前の携帯を示し、「男から」と付け加えた。
慌てて着信履歴を見れば、彼の、いや元彼の名があるではないか。
「わりぃ、自分のだと思ってたから、よく見もせず出ちまった。ってか、それで自分のじゃねえって気が付いたんだけどな」

なんてタイミングの悪さだろう。よりによって。向こうにしてみれば、別れた彼女に連絡したら、知らない男が寝ぼけながら電話に出たという状況。それも夜中に。しかもあれからまだ2週間もたっていない。思わず小さくため息をついた。

「待ってたんだろ?」
「え?」
「元彼からの電話」
そして少し皮肉っぽい目で名前を見た。
「しょうがねえとか納得したようなこと言ってたけどよ、携帯気にしてんのバレバレ」
呆れたように言う三井。そんなにわかりやすく態度に出ていたのかと思うと、言い訳のしようがない。

「そんなこといいから……で、なんだって?」
「別に」
「別にってことはないでしょ」
少し責めるような口調になってしまった。
「『苗字さんの携帯じゃないですか?』って言われたから、違うっつっただけ。それこそしょうがねえだろ? オレのだと思ってたんだからよ」
「うん……あ、ごめん」
「謝ることはねえけど」
そう言い残して、三井は席をたった。

怒ったのかと思ったが、違う。まだ彼のバッグが置いてあった。
昨日偶然出会った友人の友人でしかない彼に、いわれのない八つ当たりまでしてしまった。まだウジウジしている自分も情けない。とことん自己嫌悪に陥りそうだ。そのくせ、まだ元彼が昨夜の電話をどう解釈したか気になってしまうのだからどうしようもない。

「かけ直せば?」
戻ってきた三井はポカリのペットボトルをぐいっと煽ると、また正面に座った。
「こっちからはかけないって決めたの。あんな形で別れたんだから」と強がるも、説得力ないなと自分でも思う。名前はうつむき加減に答えた。

「ふーん。でも、ま、他に好きな女が出来たから別れようって言うだけ、誠実な男なんじゃね」
「誠実……?」
「だってよ、その新しい女とうまくいくかわかんねえし、二股かけたって男に損はねえのにさ、わざわざ自分が悪者になるようなこと正直に言うなんて、ちゃんとケジメつけたかったってことだろ。あんたとは真剣に付き合ってたってことじゃねえの?」

名前はしばたたいた。口ごもったまま、三井を見つめた。まさかそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。

「三井くんだったら、二股かけるってこと……?」
「ばかやろ、オレは誠心誠意、律儀な男だ! だからわかんだよっ」
自慢げに言うから、思わず笑ってしまう。この自信はどこからくるのだろう。見当がつかない。

誠実── 何が誠実で、何が不誠実なのかわからなくなってくる。もうワケがわからない。初めてきた大学のカフェで、知り合ったばかりの人物と向かい合って失恋ネタをほじくり返していることも不思議だ。自嘲めいた笑みがこみあげてきた。

「なに笑ってんだよ」
「私、なんでここにいるんだろう……」
「は? 携帯取りにきたんだろ」
三井はまるで何でもないことのように答えた。そう言われたら身も蓋もない。
「それはそうなんだけど」
「それ以外になにがあんだよ」
「ごもっともです。はあ、なんか悶々としてんのがバカバカしくなってきた」
ふっと三井が頬を緩めるのがわかった。

「三井くんはさ、いつからバスケやってんの?」
「小学生ん時から」
「へえ、ずっと?」
三井は一瞬表情を止めた。その沈黙を肯定ととった名前は言葉を続ける。
「好きなんだね、バスケが。でもかなりハードだよね、ずっと走りっぱなしじゃない?」
「まあな、でも気持ちいいぜ? 勝負どころでショットが決まった時なんか最高に」
「ああ、確かに。見てて思った。それにスピード感がすごいよね、圧倒されちゃった」
名前の脳裏に、さきほどの三井のシュートが甦った。リングに触れもせず、爽快な音だけを残し見事に決まったそれ。
「バスケいいね、また見たいな──」
名前はそう小さく呟いた。


その日はそれで帰ったのだが、一週間後に驚くべきことに三井から電話があった。

「三井くん……? なんで私の番号知ってんの?」
「バーカ、気づけ! 履歴残ってんだよ。オレがオレの携帯にかけた履歴だけど、って意味わかんねー」
照れ隠しもあるのか、自分で自分に突っ込む三井。ちょっとかわいいかもしれない。

「来週、練習試合が入ったんだけどよ、見にくるか……?」
ささやかな呟きを覚えていてくれたらしい。バスケに興味を持たれて、まんざらでもなかったのだろう。
「行く」と答えて電話を切ったあと、三井の番号を自分の携帯に登録した。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ