中編

□新しい恋 03
1ページ/1ページ


練習試合とはいえ、生で見るバスケは迫力があった。大の男たちが時にぶつかり合い、真剣にボールを追う。そんな中、三井にパスが通ると、それは美しい曲線を描きながらリングに吸い込まれた。
その瞬間は時が止まったようで、息をするのも忘れてしまう──

「相変わらずだなあ、三井」
ギャラリーの手摺に肘をのせ、友人は目を細めた。三井の同級生だった彼女は、名前の誘いに懐かしいと喜んで同行してくれた。
「いつ連絡取る仲になったのよ!」といぶかしがられたけれど。

「高校の時からあんな感じ?」
「そう、きれいなフォームでね、ノってくると止まらない感じ。で、今となってはここぞというときにきっちり決める、すごいクラッチシューターになったもんだ」
感嘆を隠し切れない。興奮した様子で「でもね」と続ける。
「ケガしてバスケ出来なくなって、一時期グレてたことがあるんだよね。手が付けられないくらい荒れちゃって、ケンカしまくりの問題起こしまくり」
「え……」
名前は驚き、思わず友人を見つめた。
「あのいかにもスポーツマンが……?」
「今はね。3年になって突然バスケ部復帰したんだけど、それからの三井はすごかったよ。あいつがいなかったら全国行けてなかったかもしれない、それくらいすごかった」

意外な過去。にわかに信じられない。けれど、まったく想像できないわけではなかった。
先日の大学のカフェでの会話。人の傷口に塩ぬるようなことを言っておきながら、フォローしてくれたそれ。救われた気がした。彼の苦境と自分の失恋ごときを一緒にしちゃ悪い気もするが、自分が傷を知らなければ、その加減はできないだろう。
どこにあるかわからない人の琴線に触れることができるのは、彼自身が大きな痛手を負ったことがあるからかもしれない。
今回、試合に声を掛けてくれたのも、きっといつまでもウジウジしてんじゃねえってことだ。
それからはすっかり見方が変わってしまう。なんて単純なんだろう、ひたすら三井を目で追ってしまった。

いつの間にか試合が終わっていた。途中から内容そっちのけだった。帰り際に友人が声を掛ければ、「おまえも来てくれたんだ」と三井は立ち上がり、こちらへとやってきた。
近づかれて改めて気づく背の高さ。先程の話を思い出し、名前はまじまじと三井を見上げた。

「お疲れ」と友人が労う。
「三井、頑張ってんね。なんか感無量!」
「だろ? オレさまの完璧なシュート見たか」
「それもだけど、へばってないじゃん。体力ついたんだねえ」
「ちっ、痛いとこ突いてくんなよ」
不服そうに眉をしかめ、苦笑する三井。ふいにその視線が名前に落ちた。

「どうだ、バスケ、おもしれえだろ」
「うん、逆転のスリーポイント決まったときは興奮して叫んじゃった」
かろうじて覚えていることを口にする。
「あれはスクリーンのオレが外へポップアウトして決めるっつう高度なオプショナルオフェンス……ってわかんねえよな。これ、わかるともっとおもしれぇんだけどな」
「ルールがやっとだよ。でも楽しかった。また試合あったら教えてね」

特に他意はない。また見たいと思ったから、そう言ったのだが、予想外の返事が返ってきた。

「来週、ダチや後輩のいる大学の試合見にいくんだけど、行くか?」
「え? 私?」
一瞬呆けてしまった。
「試合見たいってそっちが言ったんだろ。都合悪ぃならいいよ」
「ううん、悪くない……なんてったって振られて暇持て余してますから」
慌てて自虐ネタを混ぜて訂正する。
「だよな、暇だよなあ」とからかうようにニヤリと笑うと「オレがバスケの見方を教えてやるよ。きっと、もっとハマるぜ」と三井は言った。

晴れ晴れとした屈託のない笑顔。思わずぽかーんと見つめてしまった。目が離せない。
どうしよう── この前は他の男のことでクダ巻いていたくせに、ちょっとときめいてしまった。この人、こんな風に笑うんだ──

三井は友人にも声かけた。
「赤木んとこの試合だから、おまえも行かねえ?」
「うーん、行きたいけどバイトだ。よろしく言っといて」

三井の試合を見にいくのではなく、三井と試合を見にいくことになった。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ