中編

□新しい恋 04
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新宿で待ち合わせだったので、私鉄に乗り換えて三井の友人の大学に向かうのだと思っていた。だが、乗った電車はJR。嫌な予感通り、高田馬場駅で降りる。

「言ってなかったか? 相手W大。体育館があるのはT山キャンパス……」と言いながら、逆方向のメインキャンパスの方へ行こうとするので、「違うよ、向こう」と指さした。
「お、よく知ってんな」
「うん……例の元彼、ここの理工学部でこっちのキャンパスだったから」
とはいえ、体育館がこっちにあったなんて知らなかった。実験で忙しい彼に会うためだけに行ってたのだからそんなものだろう。

懐かしいとさえ感じてしまう場所に足を踏み入れた。だが、向かうは体育館。
三井の口調から、彼の友人と後輩がどの人かはすぐわかった。

「あのゴリラっぷりは相変わらず健在だな。あだ名は『ゴリ』だったんだぜ」
「あいつ、またスピード増したか? 身長は変わんねーくせに」

ポジションや陣形についてもわかりやすく説明してくれる。
「あれ? 今のはなんで止まったの? ファールしてないよね」
「ショットクロック、24秒以内にシュート打たねえと……ってそこからかよ。ルールわかるって言ってなかったか?」
少しは勉強してきたけれど、早すぎてついていけない。それでも熱心に教えてくれた。

「体はって相手を止めるまでいかねえでも、タイミングずらすだけでも大違いなんだぜ。ほら、あのゴリラ見てろ。あいつを盾にして9番がフリーになったろ。その一瞬の隙にパスうけてシュートに持ち込む。ピンダウンっつう一番シンプルなスクリーンプレイだ」

空いているところにボールを回しているのだと思っていたが、自分たちでそのスペースを作りだしているらしい。だからボールを持っていない時の動きも重要だそうだ。
しかも二重三重に仕掛けたり、その戦術を読んだり読まれたりの攻防。バスケがこんなに複雑なスポーツだとは思わなかった。

「お、スペインピック狙いか! ミーハーな宮城の野郎がやりそうなこった」
「それは何?」
「宮城がスクリーン方向にドライブしたから、相手ガードが……って、これは上級編だから、また今度な」

また今度── こんな機会があるのだろうか。彼の解説やヤジを聞きながら見るのは楽しく、おもしろかった。W大にいることを忘れてしまうほど。
しかし、体育館を出て、正門に向かい始めたその時に、ここがどこなのか思い知らされる。向こうから歩いてくる白衣の男女。元彼だった。
彼はゼミの後輩を好きになってしまったと言っていた。もしかして── 急に立ち止まった名前に、三井は振り返った。

「どうした?」
「あの…ちょっと……」
顔を上げられない。正面にちらりと視線を流した三井は、察したのだろう。
「まさか、例の……か?」
名前は表情を硬くして俯いたまま。マジかよ、と口の中で呟くと三井は目の前に立ってくれた。その大きな身体で名前を隠すように。

「悪かったな。ここに来たばっかりに」
「三井くんのせいじゃないよ」
目の当たりにして動揺を隠しきれなかったけれど、心は思ったより落ち着いていた。
「もう大丈夫だから」
「そうか……。なあ、腹へらねえ? 何か食ってこーぜ」

何事もなかったかのように、ハッとするほど優しい笑みを向けてくれる。頷きながら、ありがとうと心の中で小さく言った。



「はあ、スポーツ観戦後のビールっていいね。癖になりそう」
冷たい液体がいっきに喉を下りてゆく。
「見てただけじゃねーか。オレは物足りないね。バスケした後のビールが一番うまいんだよ」

バスケのこと、大学のこと、たわいもない会話に花が咲く。まるで久しぶりに会った友人と近況報告をしているような感じだ。
自信ありげにニカッと笑う三井の笑顔に、さきほどの元彼の姿がうすれていく。「ありがとう」と今度は声に出して呟いた。

「あ? 何の礼だよ」
「なんでもない。独り言です」
それでも名前は自分の頬が緩んでしまうのを止められない。
「なにニヤニヤしてんだよ。おまえ、そんな笑えるような状況じゃなかったんじゃねえの?」
「そう、そうなんだけどね」

あれが少し前だったら、ショックに打ちのめされていたと思う。どうして自分じゃダメなのか、自分と何が違うのか。どうして、どうしてと思わずにいられなかっただろう。
だが、不思議と冷静でいられる今。そしてその理由もさすがになんとなくわかっていた──
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