中編

□新しい恋 05
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元彼とニアミスしたにもかかわらず、心穏やかでいられるのは三井のおかげだろう。名前は頬杖をついた。頬がかすかに熱い。まったく単純だ。
「おまえってホント単純なヤツだな」
まさに自覚していた真っ最中。だが、人に言われると腹が立つ。

「な、何それ。バカにされてる気がする」
「ちげーよ。最初に会ったときからそう思ってた。素直だっつってんの。男に振られたあ? しょうがねえなって言ったら、そうだよねって受け止めちまうし。その男を誠実だって言ったら、それも。人の言うこと真っ直ぐ受け止められるってスゲえよな」
「……自分がそうじゃなかったから?」
思わずぽつりとこぼすと、三井は表情を止めて名前を凝視した。
「はあ!? どういう意味だ!」

あいつしゃべりやがったな、と高校時代のことをバラされたことに焦りまくる三井。そんな姿に名前は笑わずにいられない。三井はきまり悪そうに頭をかいた。
「オレのことはいいんだよっ。素直だっつってんだから、素直に聞いとけ!」

そう言われては、返す言葉もない。頼んだジン・バックをひとくち飲めば、アルコールがきゅうっと胃にしみるような気がした。ふと顔をあげると彼と目があった。わずかな沈黙。三井は今まで以上に不敵な笑みを浮かべる。

「なあ、素直なのは褒めてやるけどよ、少しは勘ぐったりしねえの?」
「……何を?」
「何でオレが試合見に来ないか、見に行こーぜって誘ったか、とか」
「私が見たいって言ったから、じゃないの?」

そのままを口にすると三井は小さく吹き出した。堪えられないといった様子で遠慮なく笑う。笑われた。
だが、その笑顔に救われたのは確か。今日のアクシデントだって、すっかりそれに上書きされてしまったような気がする。たぶん、明日になったら三井の笑顔しか覚えていないだろう。

「ったく、おめでたいヤツだな」
「すみませんね、単純で。飲んだらさっきのことも忘れちゃうよ、きっと」
慌てて言い添えれば、三井はテーブルに両肘をつき名前の顔をじっと眺めた。

「ああ、忘れろ。それでオレにしろ」

ポンと紡がれた言葉に、一瞬意味がわからない。三井は相変わらずこちらに視線を定めたまま。

「おまえの素直なところがいいと思った。じゃなきゃ誘ったりしねえ」
「……それってどういう……こと?」
「は? 何でここだけ勘ぐるんだよっ、そのまんまだろ。『いい』って言ってんだ!」
三井は憮然としながらも、少し赤くなったような気がする。

「わかったか」
「う……ん、たぶん?」
「なんで疑問形なんだよ」
「あ、わかった」
「アハハ、おまえやっぱ単純」と三井は広い肩をゆすって笑った。

まただ── からかうようでいて、今のやりとりをそっと肯定するような、安心させるような笑顔。頭から離れなくなりそうで……やめてほしい。だけど、三井と向かい合っているこの時間はもっと続いてほしい。
そんな矛盾にそわそわする気持ちを落ち着かせようと、名前はライムの浮かぶ冷たい液体を喉に流し込んだ。


化粧室に寄り、三井より少し遅れて店を出た。夜風が心地よい。辺りはすっかり暗くなっており、まばらな街灯の下、名前はキョロキョロと周囲を見回した。
「うしろ」
ぶっきらぼうなその声に振り向くと、三井がビルの花壇に軽く腰かけていた。そうしていると彼の背の高さが隠され、わからなかった。

「ごめん、お待たせ。いこっか」
「ああ」と彼は頷いたのに── 歩きだそうとした名前は三井に制止された。
手首を掴まれ、引き戻される。お互い立っていたら、三井の顔は見上げるくらい上にあるだろう。だが、今はほんの少し上の位置。目の前の唇がためらいながら言葉を発する。

「さっきの……オレにしろ、の返事は? してくれねーの?」
「あ………」

答えを求められるとは思わなかった。掴まれたままの手首から全身に熱が駆け抜けるようだ。名前はこくりとつばを飲んだ。驚いたけれど、その返事に迷いはない。

「よ……よろしくお願いします」
「お、おう」
「あの、これは単純に返事したわけじゃないからねっ。三井くんだから……」
「わかってる」

今までとは違う照れたような笑みを三井は浮かべる。そしてそれを隠すように反対の手で名前の頭を撫でた。大きな手。包まれるような気持ちになる。

「じゃ、明日、練習あるからまたY大来いよ」
「なんでもかんでも私がイエスと言うと思ってない?」
「バーカ、そんな風には思ってねえよ。でも来てくれんだろ?」

反論できない。肩の力が抜けた。もしかして自分は巧妙な罠にはまってしまったのではないか、そんな気さえしてくる。だがドキドキと高鳴る気持ちは嘘じゃない。
「行く──」

不覚にも感じてしまったトキメキと新しい恋をそのまま受け入れようと思う。
そこがいいと三井が言ってくれたから。

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三井 新しい恋 fin. 2019/11/25再掲
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