中編

□エスコート前編
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ヨーロッパ風の邸宅を改装したゲストハウス。壁一面の窓の向こうには、開放感抜群の広いガーデンテラスと湘南の海が広がる。
ゆったりとラグジュアリーなソファーに座れば、ひざまずくようにかしづく彼── だが、差し込む夕日に照らされるその横顔は申し訳なさそうに歪んだ。

「冷やさねえと。コールドスプレーなんてねーよな。ちょっと待ってろ」

すれ違いざまにぶつかって足をひねっただけなのに、さすが元運動部は手慣れている。戻ってきた彼は、厨房から氷を調達してきており、自分のハンカチ越しに足首にあててくれた。
緑のユニフォームから伸びる腕は逞しく、その筋肉が上下するたびにドキドキする。あてられた氷の冷たさよりも、頬の熱さが全身を巡るような気がした。

「すみません。もう大丈夫です」
「じゃあ、ちょっと自分で冷やせるか? オレ急いで着替えてくるから」
「なんかもったいない……」
「え?」
「あ、いや……さっきの披露宴での余興、とっても良かったから。新郎、泣いてたし」

彼はニヤッと嬉しそうに笑い「それが目的だったからな」と言って、すぐ戻ると更衣室に消えた。

あの新郎のガタイで泣かれると、通常の3倍の効果があった。こちらまでつられて感動してしまった。きっと高校時代のバスケ部仲間は、新郎にとってかけがえのない存在なのだろうと、
せつなくもうらやましくも感じた。
そのバスケ部の中心人物だったらしき彼。そして二次会に移動しようとした矢先の出来事。受付をする手筈だったので、友達には先に行ってもらった。

しばらくすると、彼はその仲間3人と共に戻ってきた。ユニフォーム、あれはあれで惜しかったが、ブラックのスリーピーススーツに光沢のあるシルバータイを合わせたさまもまた、彼によく似合っていた。

「立てる?」
「はい。でも、まだ座ってるみたい」
「は?」
「いや、皆さんがあまりに背が高いから……」
立ち上がっても男性陣の顔ははるか上で、その差を実感する。
「おもしろいこと言うな。二次会行くだろ? さ、行こう」

彼がタクシーを止める仕草にドキッとした。今はスーツに隠れているその腕を軽く上げるのを見て、先ほどまでの剥き出しのそれを思いだしてしまう。
「じゃ、お先に」
そう後ろの3人に言うと、開いたバックドアに手をかけ名前に乗るように促した。まるでエスコートされている気分になる。

彼も乗り込んできた。肩が一瞬押しつけられるように重なった。離れても触れ合った箇所が熱をもったようにあつい。そんな些細なことに動悸が早まるなんて、自分はどうかしてしまったんじゃないだろうか。その横で彼はふぅーと大きく息をついた。

「はー、良かった。あいつら最初4人でタクシー1台で行こうなんて言うんだぜ? 普通ならいいけど、入りきらねえよ」
「それはちょっと、無理あるね。バックミラー見えないかも」

想像して笑いがこみあげてくる。彼もクスッと笑った。

「だから助かった……じゃねえな、ケガさせといて。ごめん」
「そんな、私も不注意だった。それにもう平気だから」
「でも無理すんなよ。──ところでさ、新婦の友人だよな。なんの友達?」

二次会の会場まではさほどの距離はない。車なら10分かからないだろう。だが夕方のせいか、車の流れが悪くなり、何度も信号待ちを繰り返している。おかげで互いの名どころか、連絡先まで交換するに十分だった。

藤真健司── やはり高校当時はキャプテンだったそうだ。余興中も、実はこちらのテーブルではカッコイイとかなり注目の的だった。その彼と一緒に登場とあってはどうなることやら。きっと友人たちから質問攻めに違いない。

タクシーから降りる際、当然のように手を貸してくれる。支えて立ち上がらせてくれた。入り口で参加者を案内していた友人が気づき、あれ見てと言わんばかりに、他の友人たちを呼び寄せるのがわかった。おかげで仲間内での彼の通称は『王子様』

「名前、王子の友人たち、紹介してもらってよ」
「ねえ、三次会に声かけようよ。王子様、気さくでいい感じじゃん」

あのちょっとしたアクシデントのおかげで、とんでもなく濃密な一日となった。
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