中編
□エスコート後編
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新居には女友達と訪問する予定だった。招かれたのは3人。そして──招かれざる客がひとり。
待ち合わせ場所に一緒に現れれば、まず藤真の存在に驚かれ、付き合ってると言ったらパニクられ、新居に同行することには理解が追い付かないようだった。当然の反応だろう。
付き合ってると言っても、まだ3回ほどデートを重ねたくらい。先週、初めて藤真のバスケを見に行った。ミニゲームをすれば、彼の実力は誰の目にも明らかだった。
その後に飲みにいき、バスケのあれこれ、さらには高校時代のインターハイや最後の夏は県予選で負けたことなど彼は話してくれた。
けれど、それは藤真が語ってくれたこと。名前は藤真自身のことが知りたかった。彼のことをもっと知りたい。
だから今日は新居に遊びにいくことより、藤真の同級生であり仲間であった旦那さまに会うことに目的がすり替わっていた気がする。
女3人の後ろから何食わぬ顔で現れた藤真に、当の旦那さまは目を見開いていた。式の時は感極まったとはいえ、普段あまり感情を表に出さなそうなタイプなのに、これにはさすがに度胆を抜かれたらしい。
「ふ……藤真!? なんで!?」
「よお、説明は後でな」
やはり旦那さまは背が高い。その脇を藤真はスッとすり抜けて、奥さんである友達にお邪魔しますと声をかけた。
「え? 知ってたのか?」
「まあね。その説明も後で?」
彼女はちらりと意味ありげに名前の方を見た。
夕飯をご馳走してもらうことになっていた。新婚さんの彼女は頑張ってくれたらしく、色とりどりの料理がテーブルに並び、藤真が「スゲー!」と羨ましそうに感嘆の声をあげた。
「おまえ、いい奥さんもらったな」
「………」
「うまそー」
「………」
「あー、わかったよ! 説明すりゃいいんだろ」
一息いれてから藤真は言った。
「オレは便乗して来たんだよ、自分の彼女に」
「……彼女?」
「そ、名前ちゃんに」
藤真の視線を追うように、旦那さまは名前を見た。意味を解そうと努めているのが手に取るようにわかる。無表情な人だけどその様子がとてもかわいらしく、友達は彼のそんなところに惹かれたのかもしれない、そう思った。
「言うまでもなく、きっかけはおまえの結婚式だよ、一志」
「……そうか、藤真が……そういうことか」
「ビックリさせようってことで黙ってたの。みんなには伝わりづらいかもしれないけど、この人、相当驚いてたわよ?」
友達のフォローに、藤真くんが嬉しそうにニンマリと笑った。
「一志のこと、理解してくれてるんだな」
「藤真くんはこれから名前のこと理解してくださいね」
名前のどこが気に入ったんですか〜とそっちはそっちで盛り上がっていった。
その隙に名前としては旦那さまの長谷川に藤真のことを聞いてみたい……だがきっかけが掴めない。どうしたものかとグラスを傾けていると、長谷川がワインをついでくれた。
「あの式にきてくれた奴らの中でも、オレは藤真と一番付き合いが長いんだ」
ふいに彼が口を開いた。
「だから嬉しいよ。あいつは高校時代にキャプテンだけじゃなく監督もやってて、ずっといろんな責任を負ってばかりだった。でもいつもオレらを叱咤激励してくれてた。オレに自信を持てと言ってくれたのも藤真だ。……感謝してるんだ」
ぎこちない言葉からも藤真に対する信頼が伝わってきた。この寡黙そうな彼にここまで言わせるのだから相当なものなのだろう。それだけで胸がいっぱいになった。予想以上の成果だ。
帰り道、藤真とふたりきりになると、長谷川の言葉を思い出して自然と笑みがこぼれてしまう。どうにもニヤけてしまう。ワインも効いているのかもしれない。
「一志と何話してた?」
「ん、ちょっとね」
「なんだよ、でもあいつがほぼ初対面であんなに話すなんて珍しいな。奥さんも驚いてたぜ」
「内容が内容だからかな」
だから何だよと詮索してくるけど、これはそっとしまっておきたい大事な秘密。湧き上がってくる幸福感に口元の緩みが抑えられない。すると、彼の顔がすぐ近くに近づいてきた。
「口を割らせる──」
次の瞬間、唇が覆われる。藤真との初めてのキス。一度離れたかと思ったら、今度はグッと押し付けられ、隙間に割り込むように軽く舌を差し込まれなぞられた。
「教えろよ」
触れるか触れないかの距離で低くつぶやく藤真。こんな至近距離で見下ろされたら、何もかも話してしまいたくなるけれど。
秘密── と言い終える前にまた温かな唇が降りてきた。名前はそっと目を閉じた。快い感覚が全身に広がっていく。それはそれは溶けてしまいそうに甘やかなキスだった。