中編

□conte 03
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週末だというのに、このあとの予定は特にない。本屋にでも寄って帰ろうかとぼんやり歩いていれど、さすがに目の前の子供の様子がおかしいことに名前は気付いた。
3、4歳だろうか。頼りなげにウロウロしていたかと思えば、ついには泣き出した。周囲に大人の姿はなく、これはどう考えても迷子だ。親とはぐれたのだろう。

「ボク、どうしたの? お母さんは?」
「マ、ママ……マ…が……」
答えようとすればするほど、嗚咽混じりの声はしゃくりあげてしまい聞き取れない。名前はその子の前に屈んだ。
「一緒にママ探そうか。大丈夫だよ」と肩を優しくさすった。
そうやって宥めていると、ふいに「名前ちゃん、子供いたんだ」との声とともに、男がすぐ横にしゃがみこんできた。先日焼き鳥屋にいた彼だった。洋平といっただろうか。
「ち、違います。この子、迷子みたいで」
「迷子? そりゃ大変だ」
そう言うと、泣きじゃくる男の子に向き直り、「ママいないか。そっか、悲しいよなあ。男だって泣きてえよな」と頭を撫でる。柔和な笑みを見せ、なんとか男の子の名を聞き出すと抱き上げた。
「商店街抜けたとこに交番あるからさ、ママ探しながらいこうぜ」

自分ひとりでは、当てもなく男の子とうろうろすることしか出来なかっただろう。
「コウタくんのママ〜〜どこですか〜〜コウタくんが探してます〜〜」
道行く人々が振り返るが、彼はお構いなしに周囲に呼びかける。時折、商店やコンビニをガラス越しに覗きつつ歩いていく。そのまっすぐ伸びた背中を慌てて追いかけた。
「ほら、名前ちゃんもあっち見てきてよ」
「あ、はい」
言われるがまま、アーケードの反対側でそれらしき女性を探すが見つからない。いつのまにか自分も「コウタくんのママいませんか〜」と声に出して聞いて回っていた。

「コウタ!!」
切羽詰まった叫びに振り向くと、ひとりの女性が駆け寄ってきた。母親に違いない。男の子の顔にも笑みが戻った──

「良かった、良かった」
「ほんと助かりましたよ、ありがとうございました」
親子の姿を見送ってから、名前は洋平に言った。
「ンなたいしたことしてねえけど、お母さんに涙ながらに感謝されちまうとな。ちょっといいことした気分」
「ですね。最後、あの子も笑顔でバイバイしてくれたし」
洋平は子供を抱っこしていた腕を突き出し伸びをすると、大きく息を吸い込んだ。
「あー、喉乾いた。ここまで来たらさ、ちょっと寄ってかねえ」
彼はグラスを一杯やる真似をした。焼き鳥たかみやはこのすぐ裏手だ。
「あ、でも……」
「なんか用事あり?」
「いえ、ないですけど」
「じゃ、決まりな」

またしても営業時間前にお邪魔することに。辺りはうっすらと紫色を帯び、夕暮れの気配に包まれていた。店に向かう途中、高宮とは中学時代からの付き合いだということ、いつも5人でつるんでいたこと、今となってはあそこに自然と集まってくることなど話してくれた。
「あのあとまた来てくれたんだって?」
「モツ煮の黒、食べましたよ。あれはやばいです、お酒すすんじゃう」
「だろ? 評判すげえよくてさ、常連さんたちはホワイトとブラックって呼んでる。名前ちゃんのおかげだよ」
「と、とんでもない、私は何も。料理の腕がいいんですよ」

洋平は扉を開けると、ためらいなく入っていく。勝手知ったる様子でカウンターに腰掛けた。言われるがままに名前も隣に座る。
「あれ、どゆこと?」
「偶然会ったんだ。ビール……っと自分でやれってか」
今そこで迷子が、と高宮に話しながら手際よく用意すると、洋平はグラスを持って戻ってきた。しかしそれはビールとウーロン茶。そしてビールの方を渡されるではないか。
「オレ、このあと運転あるから」
「そんな、じゃ、私もウーロン……」
「もう注いじまったよ。いいから遠慮しねえで、はいお疲れ」
強引に乾杯させられてしまう。
「お疲れさまです」
押し切られ、ビールに口をつけた。よく冷えていて美味しい。カウンターに肘付きながら、洋平がこちらに顔を向けた。

「にしてもさ、最初、名前ちゃんの子かと思ったよ」
「まさか。っていうか私子供いそうに見えました……?」
「見えねえ。けど人は見かけによらねえから、わかんねえなって。たまにびっくりするほど若いギャルママいるじゃん」
洋平は無邪気に笑った。年上かと思っていたが、よく見るとそうでもない。
「ちなみにそちらは……えっと、洋平さんっていくつなんですか?」
「オレ? 24」
「あ、同じ」
「マジ」
「ってことは高宮さんも……?」
「そういうこと」
明るい肯定が返ってきて、名前は必死に笑いをこらえた。
「他のヤツらもすげえから。きっと名前ちゃんびっくりするぜ」

そんな話に盛り上がっていると、高宮が慌てた様子で洋平に近づいてきた。
「洋平、このあと暇じゃねえ?」
「なんで?」
「バイトの子が来れなくなっちゃったんだよ」
「わりい、先輩とちょっと約束あんだ。オレに合わせてもらったから断れねえな。忠たちは?」
「いねえ。忠二郎にも聞いたけどダメだった。困ったな」
土曜の夜。かきいれ時だ。まとまった予約も入っているらしい。差し出がましいかとも思ったが、名前は思い切って口を開いた。

「良かったら、私、手伝います」
「いやいや、名前ちゃんはお客さんだって」
洋平が辞するも、高宮のメガネがきらりと光る。
「このあと平気?」
「もちろんです。ファミレスでバイトしてたから、テーブル片したり運ぶぐらいなら出来ますよ」
高宮は小さくガッツポーズし、「店のエプロン持ってくる」と言って奥に消えて行った。

「悪いな、こんなハメになっちまって。バイト代弾むように言っとくから」
洋平の言葉に、名前はあっさりと答えた。
「そんなのいいですって」
「そうはいかねえ……が、名前ちゃんも受け取らなそうだよなあ」
「今度来たときサービスしてください」
「そりゃもちろんお代ごとサービスだよ。とにかく助かる、ありがとな」
同じセリフを先ほどは自分が彼に言った気がする。不思議な連鎖。名前はグラスのビールを飲み干した。これから手伝うことになったけれど、まあ、一杯ぐらいならいいだろう。
「なんだか今日は人助けの日だな」
洋平も晴れやかな笑みを口元に浮かべた。
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