中編

□conte 04
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週末の夜、客層はさまざまだった。八時すぎには満席になり、手伝いを申し出た甲斐があったというもの。指示通り料理を運び、客が帰ったら片付ける程度だったが、少しは役に立っただろうか。たぶんいないよりはマシだったと思う。
だいぶ客足も落ち着いてきた頃、入り口の戸が開き、洋平が姿を現した。

「ワリ……遅くなって。名前ちゃん、ありがと。代わるよ」
「大丈夫ですよ。まだお客さんこんなにいるし」
「だからだよ。交代、交代」
「じゃ、最後にあそこの席だけ片付けてきちゃいますね」

区切りのいいところで終わりにし、奥の客から見えないところでエプロンを外し洋平に渡した。
「お疲れ。こんな時間までごめんな」
「そんな、いつもならまだ飲んでるお客さん側ですよ。もう一軒行こーってやってるかも」
「はは、元気だな。で、忘れ物してくのか」
洋平は白い歯を見せて、からかうように笑った。
「もう、それはあの時だけですって」

だが、あの忘れ物がなければ、今ここでこうやって手伝いなどしていなかっただろう。彼ともこんな風に笑い合うことはなかったはずだ。
その時── 来客の気配に反射的に振り返ると、金髪の男性が入ってきた。

「あ、大楠、こっちこっち」
洋平が手招きした。知り合いらしい。
「おまえ、いいとこに来たなー。ほい、これ」
有無を言わさず、エプロンを彼に押し付けた。
「は?」
「今日、バイト足んねえんだってよ。オレ、ちょっと出る用事できたからよろしく」
そう言うと、中の高宮に「名前ちゃん、送ってくるわ」と声掛けるではないか。
「おー、名前ちゃん、ありがとなー。大楠、これ3番さんに持ってけ」
「え、オレ……?」
「早く!」
「お、おう……」


外に出ると、当たり前だが辺りは夜の景色に変わっていた。あちらこちらでネオンの明かりが滲むように輝き、人々のざわめきが聞こえる。
後ろ手に戸を閉めると、洋平は店の脇に停めてあったオートバイをひっぱり出してきた。丸いヘッドランプの少しクラシカルなバイク。黒い車体は磨きこまれており、よく手入れされているようだ。

「バイクの後ろ、乗ったことある?」
「ないです……って言うより、大丈夫。私、自分で帰れるから」
名前は両手を前に出しかぶりを振った。が、そんな断りも遠慮するなよといった調子で、洋平はどんどん話を進めていく。

「ちゃっかり手伝ってもらっちゃったんだから、そのくらいさせてよ。あ、家、知られんのヤだったら、近くのコンビニとかまでにするから」
「そんなことは……」
座席の収納部からヘルメットを出すと、ポンと渡された。思ったよりも軽い。
「どっちのほう?」
「えっと、〇が丘公園ってわかるかな」
「隣に稲荷神社があるとこ?」
「そうそう、うちその先なの」
「了解」

送ってもらうことになったのはいいが、どうしたものか。バイクの二人乗りなど初めてだ。どうやって乗ればいいのかわからない。それどころか、密着しているイメージしかなく、もしや軽率だったかと思い始めたところ、ひらりと座席にまたがった洋平が後ろを振り向いた。

「後ろ乗って。オレの肩とこのバー掴んで」
言われるがままに座って姿勢を取るが、正直怖い。
「こ、こう……?」
「怖いか。ホントはオレに抱き着くのが一番なんだけどさ……。その名前ちゃんのバッグ、潰れちゃマズいもん入ってる?」
「ううん、たいしたもの入ってないけど」
「それ身体の前に置いて、オレの腰につかまってみてよ」

バッグがふたりの間のクッションの役目を果たす。なるほど、これなら胸があたらない。不意に腕を取られ、前に引かれた。
「手、前で組むと一番いいんだ。膝はしっかり閉じて」

張り付くような体勢だが、実際触れているのは腕だけだ。だが、なぜだかやたらと緊張してドキドキする。バイクに乗ること自体、初めてだからだろうか。
洋平はミラーを調整すると、キーを回してボタンを押した。深みのあるエンジン音が響く。身体の中に小刻みな振動が伝わってくる。

「曲がるとき、そのままオレに動きあわせて。怖いからって逃げると逆効果だぜ。OK?」
軽くふかすと、ゆっくり動き出した。

直進時は良かった、だが最初のカーブでは思わずギュっと腕と膝に力が入ってしまう。身体が流れてしまわないように抑えるのがやっとだった。やっぱり怖い。
しかし何度か経験すると、だんだん慣れてきたようだ。自然体で任せるのが一番だとわかってきた。

「どう? ダイジョーブ?」
赤信号で停まったときに、洋平が振り向いた。
「なんとか。慣れてきたとこ」
「じゃあ、せっかくだから少し遠回りして海沿い走ってくか。すっげえ気持ちいいから」
「うん」

コツを掴んでくると、周りを見るゆとりも、風を感じる余裕も出てきた。徐々に潮の香が強くなってくるのがわかる。次の交差点を過ぎれば134号だ。
真っ黒な海に、海岸線の明かりが曲線を描き伸びていく。自分たちの走る道路だけが浮き上がるように明るい。車でなら何度も通ったことがあるにもかかわらず、バイクで潮風を切って走るのはとても新鮮だった。

「ねえ、いつもと違う道みたい」

洋平に話しかけるが、反応がない。走行中は聞こえないようだ。こんなに近くにいるのに話ができない── 名前は少々じれったく感じた。
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