中編

□conte 07
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最終話

巡り合わせというか、縁とでもいうか──
休日だが、会社のシステム変更の立ち合いのために出勤したら、先月まで一緒の部署だった先輩の手伝いをさせられた。口が悪く、人使いも荒いのだが、意外と面倒見がよい人で憎めない。
しかも地元が近く、ちょっと飲んでこうぜと連れていかれたのは、なんと『たかみや』だった。彼は洋平たちの高校の先輩でもあるというから驚きだ。
「今日の礼だ、奢ってやる」という言葉に甘え、よく冷えたビールを飲み干したところで、
野間がふらりと現れた。しばらくして桜木も。

「ミッチー、久しぶりじゃねーか。あれ、名前サン、ミッチーと知り合い?」
「ミッチー……?」
「バカヤロー、バラすんじゃねえ。しかも会社のヤツに」
「ほう、会社が一緒と。じゃあ、ミッチーが元ヤンなこともご存じない?」

この分だともっとおもしろい情報を得られるかもしれない。──と、この辺りまでははっきりと覚えているのだが、名前のわからない話題に話が転がるうちに、朝からの疲れで眠気に襲われてしまう。
ふと気づくとカウンターに突っ伏しており、腕が痺れるような感覚があった。すっかり寝入ってしまったようだ。身体が思うように動かない。薄く目を開くと、うつつながらも大きな人影が視界に映る。

「あ、起きた」
その穏やかな声にハッとした。三井ではない。ゆったりとした笑みを浮かべ、こちらを見下ろしてくるのは洋平だった。
「あ…れ……」
「お疲れだね。三井さんにこき使われたんだって?」

その三井はといえば、洋平の向こう隣りで桜木たちと盛り上がっているではないか。名前はただ瞬きを繰り返すばかりだったが、身体を起こそうとして自分の背に上着が掛けられていることに気づいた。黒のライダースジャケット。落ちそうになり、洋平がキャッチした。

「おっと」
「あ、ごめん……ありがとう」
しかし、なぜか再び手渡される。
「着て。送ってく。半袖で乗せるわけいかねえから」
「え、えっと……そんな、大丈夫だよ。あれ、私……」
目覚めたばかりで、頭が回らない。そんな名前にお構いなしで、「三井さんの奢りですよね。じゃ、お疲れっした」と声を掛けると、呆気にとられる三井を尻目に洋平は名前を連れ出した。

「なんだ、あいつ。さっき来たばっかで、何しに来たんだ」
「まあまあ、三井さん、せっかくだからもうちょっと飲もうぜ」
首を傾げる三井に、野間は焼酎の水割りを差し出した。



あの時以来のバイクだが、最初から安心して乗れたのは、着ているジャケットのせいかもしれない。指先しか見えないくらい袖は長く、肩は落ち、どう見ても大き過ぎるけれど、包み守られているようで安堵を覚える。思わず彼の背中にメット越しに頭を預けて目を閉じた。規則正しいエンジン音が心地よい。緩やかに曲がると、ふいにバイクが停まった。

「大丈夫? 起きてるか?」
洋平がヘルメットを外しながら振り向いた。
「また寝ちまったかと思った。しっかり掴まってねーと振り落とされんぜ」
「寝てないって。あ、ごめん、運転しづらかった?」
慌てて身体を離すと、彼はバイクから降りて手を差し出す。
「そんなことはねえけど、眠気覚ましに散歩しよ」

コンクリートの塀の切れ間から下りると、防波堤が湾に向かって伸び、小さな漁船がいくつか停泊していた。凪いだ海面に外灯の明かりがほのかに光る。のんびりとした足取りの洋平と並んで歩いた。

「洋平くんはいつ店に来たの?」
「名前ちゃんが起きるちょっと前。熟睡してたもんな」
「寝顔、見られた……よね」
「そりゃあね。見ちゃった」

口が半開きだったり、だらしなく弛んでなかっただろうか。恥ずかしい。がっくりと項垂れるとともに大きなため息を吐けば、洋平はおかしそうにニヤリと笑う。

「無邪気な顔して寝てたぜ。ああ、また人のことに巻き込まれて頑張っちゃったんだろうなあって」
「三井さんにはかなりお世話になったからね、しょうがない」
名前は諦め口調で肩をすくめてみせた。
「それな、三井さんと同じ会社とは驚いたよ。オレさ、高宮から名前ちゃんと三井さんが来てるって連絡もらったんだ。なんで三井さんと?ってわけわかんなかったけど、『名前ちゃん寝ちゃってお持ち帰りされちゃうぞ』なんて言うから、慌てて飛んできたわけ」
「そんな、三井さんは先輩だから……」

そう言ったものの、ポイントはそこじゃない。なぜ高宮はそんなことを言ったのか。そもそもなぜ洋平に連絡したのか、そしてそれを聞いて飛んできたという洋平。唐突な話しの流れに戸惑っていると、洋平が目の前に立ちはだかった。

「いや、とにかくすげー焦ったんだよ。──オレ、名前ちゃんのこと好きだ」

落とされた爆弾発言に、名前は面食らってしまった。言葉が見つからない。それこそ口はぽかんと開き、寝顔よりも間の抜けた顔をさらしていることだろう。名前から目を離さずに、覗き込んでくるように洋平は言った。

「名前ちゃん、いつの間にか好きになってました。もし良かったら付き合ってもらえませんか」
一見、深く鋭利な眼差しの中に柔らかな色がゆらぐ。
「聞こえた?」
「………」
「名前ちゃん」
ハッとしたように顔をあげる。
「どうせ巻き込まれるなら、オレにしねえ?」

名前はゆっくり呼吸し息を整えた。あまりの急展開に驚いたけれど、こんなにストレートな申し出にはきちんと答えたい。

「あの……こちらこそよろしくお願いします」とぺこりと頷き、真っすぐに洋平を見た。照れたように破顔する彼に、どんどん気持ちが溢れてくる。なんて優しく笑うんだろう。
「洋平くんになら巻き込まれてもいい……」
「お、言ったな。じゃあさっそく──」

そう言うと、見せるように腕を広げ、そのままゆっくり包み込まれた。抱きしめられた。防波堤の先端で重なり合うふたつの影。今はさえぎるヘルメットはない。名前は洋平の胸に静かに頬寄せた。

「ふふ、巻き込まれるってこういうことだったの?」
「オレの場合はね。あ、今後、もし三井さんに無茶ぶりされたら、オレの許可が必要って断っていいよ」
「洋平くんにとっても三井さんは先輩なんじゃないの?」
「んー、そうだけど、あの人には大きな貸しがあるからさ」

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水戸中編 2020/07/22 完
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