三井長編U

□conte 23
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GWも練習づくしであることは、弟を見ていれば想像に難くない。そんな中でも三井が指定した30日は少し早目に終わるらしく、家まで迎えに来てくれるそうだ。

「ずいぶん待遇がいいのね」
「奢ってもらうんだから、このくらいしねーとな」

あの翌日にしっかり連絡がきた。オレだけどと話す声は、電話越しのためいつもより低く聞こえてドキドキする。
内心では嬉しくて仕方ないくせに、そんなことを微塵もださないようにつとめる自分は素直じゃない。

「車だとお酒飲めないよ? いいの?」
「いいよ、食うから。この前が和食系だったから、違えのがいいな……」

こういうことは得意な分野。友人たちと新しい店や話題の店を渡り歩くのが趣味ともいえる。

「イタリアンは? 〇町のほうにおもしろいお店があるの。“シラスのピッツァ”が絶品で」
「シラス?」
「そ、湘南シラス。チーズとの相性いいんだから。絶対驚くよ?」
「女はそーいうの好きだな」

携帯の向こうで優しく笑う三井を感じ、ああ、自分は三井が好きだなと……思った。
この3か月余り、たびたび顔を合わせていたとはいえ、きっと知らないことのほうが圧倒的に多い。にもかかわらず、驚くほど好きになってしまっている自分に戸惑う。

いつ、そうなったかなんてわからない。この瞬間に恋に落ちたとはっきり言える人なんてどれほどいるのだろうか。
そんなのドラマの中でだけのこと。現実は少しもドラマティックでないのだから……結果、そんなことはどうでもいい。

この急に早まったり締め付けられたり落ち着かない鼓動は、捉えどころがなくとも、しっかりと胸に刻まれている。三井を好きだということが、今、自分を満たしていた。



しかし、いざ、彼を目の前にすると、口から出てくる言葉はかわいくないものばかり。

「あれ、着替えてきたんだ?」
「さすがにオレだってTPOってもんぐらいわきまえてる」
「仕事中にメシ奢れと脅しといて、それ?」


「乗れよ」と三井に言われて、今さらながら気が付いた。何度も三井の車を見送っていたけれど、実際乗るのは初めてだ。
やっぱり助手席よね?とためらっていると、「桜輔に見られたらめんどくせーから早く乗れ!」と急かされた。
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