三井長編U

□conte 23
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目的の店は高台の住宅街の中に紛れるようにひっそりとあった。へえ、こんなところに、と三井は感心した様子。

「前は友達とランチに来たんだけど、今度は夜に来てみたいと思ってたんだあ」
「例の女子高仲間と? おまえ、食ってばっかりだな。で、飲むとあれだからなあ」


今日は三井が飲めないから自分も飲むつもりはなかったのに、三井は勝手にスパークリングワインを注文し、自身にはペリエを頼んだ。

「今日はどっちにしろ送ってやるから、飲んでいいぜ?」
「それ、奢られる側のセリフじゃないよ」

はは、そうだなと笑う三井に、紫帆は飲む前から顔がほてるのを感じる。こんな状況でアルコールが入って大丈夫だろうか。


少し照明が落とされた店内は、ゆったりとしたつくりで、木を多用した内装に白いテーブルクロスがシンプルに映える。
奥のオープンキッチンには、小さなドーム型のピザ窯が見え、そうだ、シラスピッツァ!と思いださせてくれた。

食べたいものでのセレクトだったが、休日の夜に男女が向かい合う様は、カップルにしか見えないだろう。実際は── 
けれど、それも今はどうでもいい。




「仕事ん時、いつもあそこのカウンター、座ってんのか?」

あれには驚いた、と三井は頷きながら聞いてきた。

「ううん、いつもは後方で仕事してる。あの時は昼の交代で入ってたの。そうしたら……」
「運悪くオレが来たって?」
「やだな〜、そんなことないよ。ついてないことにキャッシュカード失くした誰かさんが来ただけ」

同じじゃねーかと、唇を横に広げるようにニヤっと笑うと、紫帆もそれに応えるように笑顔を見せた。

ここのところ三井は同じ思いにいきつく。
彼女が笑ってくれると嬉しい。自分に向けて、自分のために笑ってくれると嬉しいと言ったほうが実情に近いかもしれない。これまで折にふれて感じていたこの思いを、今また心の底から思った。


「あ、ホントだ、旨い……」
「でしょ? シラスの塩気が効いてるでしょ?」

そして何となく感じることがある。
自分が旨いと言った時の彼女の笑顔が、一番明るく柔らかなような……。気のせいだろうか。そこに何かの結論を見い出そうとするも、確信はなく、優しい時間だけが過ぎていく。



「三井さん、嫌いなものある?」
「あー、敢えて言うならキノコだな。あいつら味ねーじゃん?」

そう答えると、やはり紫帆はクスクスと笑う。それだけで自分は温かな気持ちになる。

「おまえは?」
「んー、シイタケ」
「やっぱキノコじゃねーか」

シイタケ以外は別に嫌いじゃないもん、と勝ち誇ったような紫帆に向ける自分の表情はひどく緩んでいるに違いない。

いつからだろう、彼女の存在がまったく違う色合いを帯びて胸にせまるようになったのは。
そして彼女を目の前にしてこの感情を黙しておくことに、だんだん息苦しさを感じるようになっていた。
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