三井長編U
□conte 25
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木々の葉擦れの音がどこか遠くで聞こえる。
バスケがしたかった── そんな話をしていたはずなのに、気づくと三井に手首を掴まれ引き寄せられていた。
「いつの間にか、オレはおまえが好きになってる」
驚いて顔をあげると、自分をジッと覆うように三井が見下ろしている。他のものが目に入らないぐらいの至近距離で。何か言わなくてはと思っても、舌が喉にはりついたみたいに動かない。
「自分からあの頃の話をしたのはおまえだけ……なのに言いてえこと言ってくれるし」
フッと三井の真剣な眼差しが緩み、いつくしむように紫帆を見つめた。
「核心をついてくるかと思えば、鈍いとこあるし?」
つい一瞬前まで言うつもりなどなかった言葉たちのはずなのに、一度溢れてしまうと止めようがない。生暖かいくらいの南風がふたりの少ないすき間を吹き過ぎた。
「オレの前で藤真や仙道に会ってみてえとか言うし」
三井の口元がわずかにやわらかくあがった。その笑みをささやかな隔たりしかなく目の当たりにした紫帆は、苦しいほどの鼓動を抑え「違う……」と何とか声を絞りだした。
「本当に会いたかったのは三井さんだった。だって私も……」
三井が目を見開くのがわかった。と同時に後ろ手についていた三井の手が紫帆の腰を押さえ引き起こした。もはやふたりの距離は10センチもない。
「桜木に名前で呼ばれてるし……」
目の前の唇は「紫帆」と優しく自分の名前を呼んだ。紫帆は静かに目を閉じた。
それはそっと窺うような、確かめるような、そんなキスだった。
包み込まれるように合わせられた唇は、数秒間、あてがわれるだけだったが、やがて赴きを変えて何度も。今度は自分の気持ちを伝えるように愛おし気に何度も。
ただでさえ思考がおぼつかないのに、頭の芯がしびれるようでなされるがままだ。だけど、何とも心地よい陶酔。
三井は少し離した。ゆっくり開かれた紫帆の目には、まだ驚きととまどいが入り混じっていたが、そこにはきちんと自分の意思があるのが見てとれる。
「紫帆……」ともういちど小さく名を口にすると、短い後ろ髪に指が絡められた。それは紫帆が腕を回してきたのだということに三井の思いが至ったときには、紫帆から唇を重ねられていた。