三井長編U
□conte 30
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冷蔵庫を覗いて、牛肉があるか確認する。
今でもたまに作るビーフストロガノフ。でも、なぜ今、思い出したようにそんなことを要求するんだろう。
「へえ〜、旨いな」
乞われるままに作ったが、三井が旨いと言ってくれると当たり前だが嬉しい。しかも自分が作った料理。自然と顔がほころんでしまう。
「これだけは……っとと、オレもこれ昔から好きなんすよ。でもちょっといつもと違う……?」
目の前の皿を見ながら桜輔は首をかしげていたが、あ、しめじが入ってねえんだと気がついた。
「なかったの。はい、サラダ」
「なんだよ〜、オレ、きゅうり嫌いなのにこんなに……」
「育ち盛りは好き嫌いしない!」
「オレはいいのか?」と三井がニヤリと紫帆を見て言った。
「盛りを過ぎた人はいいの」
さっきはちょっと盛っちゃったんだけどなーと三井は口に出せない返しを飲みこみ、きっとしめじはあったんだろうと心の中で笑みを浮かべた。こいつのこういうところがいい。
結局、近くまできたから桜輔を拾ってやったようなかっこうになった。ふたりで湘北に向かう。車外をぼんやり眺めていた桜輔がふいに何か言った。
「あ? 何だって?」
「三井さんの彼女ってどんな人なんすか?」
彼の口から発された驚くべきその問いに、三井は急ブレーキを踏みそうになった。その真意を確認したいが、よそ見をするわけにいかない。
「何で……?」
素知らぬふりで聞き返すが、頭の中ではどう切り抜けるかと冷や汗をかいている。オレよりおまえの方がよく知ってんじゃねえ? と言いたいところ。
「あー、いや、ただの好奇心っすけど。キレイな人なんだろうなって」
「まあな」と三井は曖昧に返す。
ここで本当のことを言ったほうがいいのだろうか。でも独断で言ってしまうと、迂闊に口を滑らせたかのように紫帆に責められそうな気もする。
「おもしろいヤツだよ。んで、かわいいところもあるって感じだな」
少しだけノロけるにとどめた。だが、必然的に三井の表情は柔らかくゆるむ。そんな絶望的なまでによどみなく幸せそうな顔を見せつけられるなら、聞かなければ良かったと桜輔は後悔した。
割り込む隙を見つけられないことに落胆し、それ以上踏み込むのはやめた。