三井長編U

□conte 32
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不自然な軽いクラクションの音が、桜輔の耳にも届いた。続いてドアが開き、誰かが階段を下りていく。それは予測していなければ、気が付かないくらいの僅かな気配。
少し間を置いてから、桜輔も静かに部屋を出た。


足音も絶えた住宅街には、澄み通った夜空の下にひそやかな静けさが広がっていた。
いつもは1台しか停まっていないガレージに、昼間と同じように車が2台見えた。そしてそのすみには寄り添うように並ぶふたつの人影。

音をたてないようにそっと近づいていくと、端々に自分の名が聞こえてくるではないか。


「…桜輔…………でも…」
「……だな……今さら敷居が高けえ…つーか……」

吹き出しそうになるのを賢明にこらえる。おもしれえ、すっげえ楽しい。こりゃ宮城さんに感謝しねーといけないな、などと思いつつ、ジリジリと距離を縮めた。



「隠すつもりなんかないけど、わざわざ言うのも変っていうか…ほら、弟だし……」
「まあ、オレが何かのタイミングで言うからよ」
「ほんと?……タイミングって、あー、あの時みたいに突然? 何の脈絡もなくポロッと?」

紫帆は少し顔を傾け、からかうように斜めに三井を見上げた。

「なっ!? アレはあれでいいんだ!……とにかく、結果、こうなんだから悪くねえだろ?」と三井はさらっと紫帆の頭を撫でた。

「ふふ、じゃあ、桜輔にもいい感じに告白してくれるの?」
「ああ、ここぞって時に“ポロッと”な!」

なるほど三井さんからだったのかと桜輔は事実を知り、ほころぶ口元を抑えきれない。すべてが筒抜けているとも知らず、恋人たちの密談は続いていく。



そもそも三井が携帯を取りに来たのは大義名分で、紫帆に会いにきたわけで。少しばかり一緒にいて、少しばかり彼女に触れて、おやすみを言えればいい。
明日の練習後は、翌日に備えて自分の横浜市内の部屋に帰ろうと思っている。とするとおそらく一週間会えない。

もっと紫帆を感じたい。三井はそれを心持ち行動に移そうと、少し体の向きを変えようとした──
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