三井長編U

□conte 34
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セミファイナルとあって、場内は満席だ。そうでなくても、彼らの試合のチケットは手に入れにくい。にもかかわらず、何だ…この席は。
最前列というだけでも持て余すのに、ベンチのすぐ後ろというのだから出来過ぎている。

アップのために彼らがやってきた。三井や弟、湘北バスケ部を見慣れてるとはいえ、またひときわ大きいスケールとその迫力に、紫帆は気圧されたように勢いに飲まれた。

選手たちがベンチに戻れば、じつに数メートルの距離しかない。だが、試合前の神経が張っている時間帯。
そして隣の三井にふいに目をやれば、腕組みをしたまま彼らの状態を見定めるかのように視線を注いでいた。その真剣な眼差しには声を掛けがたいものがある。
今さらながらバスケに対する彼の真摯な姿勢を感じ、なぜだか山王戦の三井の姿が思い出された。

それでも試合中、時々、紫帆に解説してくれた。

「ボックスワンってわかるか? スリーも打つ藤真を警戒してひとりマンツーでディフェンスついて、残りでゾーンを敷くんだ」
「おお、バスカンとった! 仙道の気合いの入りが半端ねえ。あいつに本気だされたら、ひとたまりもねーな」

その言葉通り、最後は仙道が連続得点を決め、勝利をものにした。

「あいつらマジで優勝しちまうかも……」
「そんなふたりとかつて戦って、勝ったって聞いたよ?」
「ああ、それ、今となってはオレのバスケ人生の自慢のひとつ。ってことは、優勝してもらえばさらに箔が付くな」

そんなことで盛り上がっていると、「三井!」と前から声を掛けられた。藤真がいつの間にか目の前にやってきていた。勝利の充足感も手伝って、その立ち姿はものすごいオーラがある。

言葉を交わす三井の横で、紫帆は茫然と藤真を見つめていた。周囲の目も自分たちに覆い被さるように彼に注がれる。その藤真の視線が自分に落ちた。

「どうも。来てくれてありがとう。あ、弟さんのケガ、どう?」

置物のように固まっていた紫帆は驚いた。

「え? あの…ご存じなんですか……? ほぼ完治しました。三井さんにはすごくお世話になって」と飛び上がりそうな勢いで答えると、藤真は極上のスマイルを見せた。必要以上と思われるほどに華やかに。

「ここであんまりしゃべってるわけにいかないからさ、後で三井と一緒に控室来てくれないかな?」

物事の行き先はよくわからないが、同意を求められたので頷いた。名前言っとくから、よろしく、とベンチに戻っていく藤真の後ろ姿から目を離せずにいると、視界に仙道もうつった。

藤真に何か言われ、こちらを見て軽く会釈した仙道。きっと後で来るからとか何とか言われたのだろう、それ以上近くに来ることはなかったが、それでも至近距離で見る生身の彼らに純粋に目を奪われていると、三井に丸めたパンフでポコンとたたかれた。

「しっかりしろ……ったく。 しょうがねえな、あとで控室いくぞ?」

そんな目で他の男を見るなと言いたいところだが、紫帆が喜ぶなら仕方ない。
究極、自分は甘いのかもしれない。
これが“隙”ってやつか? だとしたら“隙だらけ”も満更でもねーか、と三井はふうと息を吐いた。
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