三井長編U

□conte 36
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藤真と仙道に間近で会ってちょっと緊張したとか、思ったより気さくで話しやすかったとか、紫帆がふたりの印象や感想を語るのを、三井は和んだ気持ちで聞いていた。
結局のところ、こうやって彼女の隣にいるのは自分で、繋がれた手はしっかりと指先まで温かい。

その手を導かれるように連れてこられたのは、だいぶ渋谷に近づいたと思われる路地裏にあるビル。
階段を数段くだった半地下のような空間の先にはガラスの扉が見える。こじんまりしたダイニングバーのようだ。
紫帆が年上とおぼしき女性に声をかけると、ちょっと久しぶりね、と笑顔で迎えられ中に通された。

落ち着いた間接照明が柔らかく店内を映し出し、ところどころに配された観葉植物にほのぼのと淡く影を落とす。
先客たちの話し声や時折あがる笑い声が、静か過ぎず、適度な居心地の良さを作り出している中、ふたりはまずビールで乾杯した。

「友達がバイトしてた時からよく女子会してたんだあ。さっきの方のご主人がオーナーなの。ふたりでお店経営なんて素敵だよね〜」
「うまく行ってるときはいーけど、喧嘩してても一緒にやんなくちゃならねえんだから、いいことばっかじゃねえだろ。むしろ大変だと思うぜ?」
「ん……意外と現実主義者なのね?」
「藤真や仙道に会って浮かれてるおまえとは違げえよ」

もう、そんな夢からは覚めており、今は違う理由で心中穏やかでいられない紫帆だが、そんな様子はひた隠しにして、普通の会話に努める。
たとえどこか挙動不審だったとしても、さきほどの興奮のせいに出来るだろう。


何かと融通をきかせてくださるこのお店。東京体育館での試合後、場所的にもちょうどいい。今日も時間が読めないけれど、夜お邪魔したい旨を数日前に伝えていた。
以前、友人の誕生会をここでした時にして頂いたことを思い出し、今日もリクエストした。

『バースデープレート』

小さなまるいフォンダン・オ・ショコラにバニラアイスがトッピングされ、ベリー系のフルーツが飾られたお皿のふちには『Happy Birthday』の文字。

さりげなくオーナーが三井の前に置き、奥様が細長いフルート型のグラスをふたつ添える。
「シャンパンはサービスね。どうぞ」というと、お礼を言う間もなくさがって行かれた。
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