三井長編U

□conte 36
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「おまえ、知って……? あ、藤真か?……いや、あいつだって知るわけねーし……」

弟だって知らねーよな……と頭の中で回る疑問を繰り返しながらも、答えは出そうにない。今までの紫帆の行動の中に、この事態を予測できるようなものはなかった。

そんな三井の驚きをよそに「とにかくお祝いしよ?」と紫帆が華やかな泡立ちのグラスを上げるのにつられて、三井も手にすると、「お誕生日おめでとう」とカチンと合わせた。
白い花のような香りが鼻先をかすめ、フルーティーな酸味が喉に浸み入る。

「わけわかんないって感じだね?」
「あ、……ああ」
「簡単なことなんだけど。前にキャッシュカードなくして銀行来たでしょ? その時にデータ見て生年月日知ったの」
「あん時か……」
「バスケ見にいくのがこの日になったのには驚いたけど、ちょうどいいかなっと」

三井の様子に満足そうにクスクスと微笑む紫帆。
「だから、はい、プレゼント」と今度は包みを渡された。畳みかけるように繰り広げられる芸当のような展開に三井は呆気にとられたまま受け取った。

ダークブラウンの二つ折りの財布。光沢が均一で革の奥のほうで光を反射しているような質感が、確かな品質であることを証している。
ひらくと『H.Mitsui』とネーム入りだった。
こんなの事前に知っていなければ用意できない代物だ。

「あの時財布ごと失くしたって言ってたこと思い出して、これだ!って。今日までに自分で買っちゃったらどうしようってドキドキしてたんだあ」

今日の午後も、ふらりと入った店で三井がショーケースの財布を見たり、手に取ったりしていたので、紫帆は気が気じゃなかった。
でもそれは財布を欲しいと思っている証拠であり、こうやって渡す瞬間を心待ちにしていた。それは藤真たちの試合を見にいくこと以上だったかもしれない。

「コードバンだから、使えば使うほど艶が出ていい感じよ? あと、そっちのIDカードホルダー、私と色違いだから」とニッコリ笑う紫帆の笑顔が、茫然としている自分の意識にジワリと入り込んでくる。

きっと今、彼女から理不尽な要求をされても、自分は応えようとしてしまうだろう。そのくらい、一連のことに感銘を受けた。

「ありがとな。大切にするよ」
「ふふ、もう失くさないでね」
「あたりめーだ」


ショコラにフォークを入れれば、中からチョコレートが溶け出して、バニラアイスと混じり合う。スプーンですくって、紫帆の口元に差し出すと、おずおずと彼女はそれを口にした。
唇に混じり合った2色のクリームが残ったので、それをそっと親指でかすめとってやると、照れて恥じらうような笑みを見せた。

三井も暖かくもあり、冷たいそれを食べてみた。なんて甘い味わいなのだろう。
脳にまで浸透していきそうなこの甘美な余韻に浸っていると、紫帆がイチゴを摘まんで口に入れながら、思い出したように言った。

「あ、でも、藤真さんも今日が誕生日だって知ってたよ?」
「は!? なんでアイツが!」
「そこまで知らないよー」
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