三井長編U

□conte 21
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弱い南風が湿気を含んだ温かな潮風を運んでくる。浜辺を歩く足音はサクサクと気持ちいい。

「約束、何時なの?」
「新宿に7時だから、藤沢を6時ぐらいか」
「それじゃギリギリすぎない? 時間潰しといて遅刻なんて、相手に悪いよ」
「カッコイイ仙道くんを待たせちゃいけねーって?」
「その通り。私が代わりに行っちゃうよ」

当時からのライバル心は今でも健在らしい。実はあいつのが遅刻常習犯なのによ、と三井は実に不満げだ。

「そんなに会いたきゃ、試合見に行くか?」
「ホント?」
「どうせならいい席で見てえだろ。ちょうどいい、今日、頼んでみるか」

なんで忘れ物を届けにいかなくちゃならないんだ、と文句を言っていたあの時点から数時間しかたっていないとは思えない展開。間近で見られるかもしれない藤真や仙道よりも、自分の意識は三井におかれている。
試合でもなんでもいい。またひとつ約束が出来たことに、目の前が明るさを帯びてくるのを感じる。もうすぐ夕暮れだというのに。

「嬉しそうだな」
「そ……そう? 近くで実物を拝めるかと思うとね。桜輔も羨ましがるだろうなあ」
「あいつは自分の練習に専念してりゃいいんだ。あと学生は勉強もしねーとな」
「えー、三井さんがそれ言うの?」
「うるせえ……」


三井とこうしていられるのは、あと30分くらいだろうか。刻一刻とタイムリミットはせまる。さらさらと砂時計の砂が落ちるさまが思い浮かんだ。

会話は常に流れ、話題はするすると変わり、何だか実感のない時間が過ぎていく。

空の淡い青がより深い色へとゆるやかに推移して、江ノ島の向こうに見える夕日のゆらぐような光線が三井の横顔を照らしていた。そのせいで三井が周りの風景から浮きあがっているように見える。
そして自分の中でも……周りとは違う特別な存在になっていることをあらためて自覚せざるを得ない。

会いたいと思っていたのは、この確信を得るため。そして確かなものになったら、そっと温めていきたい──


「さ、そろそろ行かねえと。遅れたらあいつらよりおまえに怒られそうだ」
「大の男たちよりも私のが怖いと?」
「ある意味な」

彼らはぼんやりと自分の過去のことを知っているだろうが、自らそれを話した唯一の相手は紫帆。それだけで自分のアキレス腱のような気がする。

砂浜からコンクリートの上に三井はヒョイと登り、続いて登ろうとする紫帆の腕を取り引き上げると、彼女のしていたシフォンのストールが風で解けて、三井の腕に絡まった。ふんわり包み込むようなその感触は、とても優しい。

そっとはずすと、また紫帆の首にかけてやった。
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