藤真長編

□conte 02
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「ちょっと、このふたつの動詞の活用形は覚えてもらわないと話にならない」
「めんどくせえなー」
「じゃ、これは?」
「わかんね。フランス語っつったら、Je t'aime(ジュテーム)しか知らねーよ」

ボンジュールとかメルシーとか他にもあるだろうと思うけれど、藤真は隣で中国語と格闘している矢野に向かって、ジュテームと耳元で色っぽくささやき邪魔をし始める。

週2の授業中、彼は何をしていたのだろうか。でもそれは愚問だ。きっと寝ていたに違いない。しょせん彼にとっては義務で履修している第二外国語。単位を取れさえすればいいのだから、的を絞ることにした。

ウォアイニーと無駄に対抗している矢野から蛍光ペンを奪い取り、茉莉子はテキストに線を引き始める。
ひとしきり「愛してる」と言い合った目の前の男ふたりは、どうやら飽きたらしく、矢野のターゲットが茉莉子にうつった。

「なあ、宮川どうしてる、元気?」
「……れた」
「え?」

何気なく落とされた矢野の言葉に、茉莉子は「別れた」と同じように気のない返事をした。

「マジ、えー、もったいねー。こいつの彼って同級生だったんだけどさ。親が歯医者で、歯学部あるとこ外部受験しちまったんだよなー」

余計なことまで説明しなくていい。それでも黙々と、顔もあげずに茉莉子は作業を続ける。
それをマズイことを聞いちまったかなと受け取った矢野は「まあ、おまえなら、またすぐ彼氏できるよ」と今さらながらフォローを入れてきた。なんで別れたのかとか、いつだとか土足で踏み込んでこない、そういうところが彼のいいところなのだが。

「茉莉子ってさ、人あたりいいし、クセねーし、付き合ってて楽そうだもんなー」

そのとってつけたようなセリフも悪気なく、矢野の良心的な評価だということもわかっている。チラッと目線だけあげて、ため息をついた。
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