藤真長編
□conte 03
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大学の学食というところは、何となく座る位置が決まっていたりする。あれからも、定食を食べながら勉強する藤真たちをほぼ毎日見かけた。
目が合えば、軽く手をあげてくれる。だからこちらも手を振り返す、その程度であって、名前を覚えているかどうかすら怪しいとは確かに思っていた。
一緒にお昼を食べていた友人の口が、あっと半開きのまま固まった直後、上から「宮川?」と声がした。
ちらっと顔をあげると藤真だった。
藤真が声をかけてくる、そのこと自体がすでに充分な驚きなのに、明らかにこちらに向かって呼びかけるその名は……
目を丸くする友人を見て、自分のミスに気付いたようだ。
「あれ、違った?」
「ん、それって元彼の名前だから。私は“広瀬”ね」
「あー、そうだ。わりぃ。下の名前は覚えてる、茉莉子だろ? そっちにしとくべきだったな」
わるいと口にするものの、あまり悪びれた様子もない。そして当たり前のように隣の席に座った。
「いくら丸暗記するにしてもさ、ちょっと疑問あんだけど教えてよ」
先日、自分が蛍光ペンを引いたものが目に入る。
「ここなんでこうなるんだ?」
「ああ、否定の時はdeになるの。否定文にしなさいって絶対でるよ」
いくつか文を否定形に変えて例を示した。
「で、これだったら『Non,je n’ai pas d’argent』となるわけ」
理解しただろうかと藤真のほうを伺うと、ばちっと音がしそうな勢いで目があった。同じものを覗きこんでいたので、距離が近い。
視線をそのままに藤真が「もう一回言ってみてよ」と言うから、繰り返した。
「ノン、ジュネパ ダルジャン……」
少し声が震えた気がするが、それは平静を装おうと意識し過ぎたせいだ。
茉莉子は藤真に引き込まれてなるものかと思っていた。
その知名度や人気度のわりに、女の子に関する浮いた話は聞こえてこない。誰に対しても公平で、誰相手でも変わらないとのこと。
それは先日のやりとりからも感じられた。だから警戒することはないにもかかわらず、何となく。