藤真長編

□conte 06
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もうちょっと早く気が付いてもいいんじゃね?と呆れたような視線を送られて、逃げるように矢野はJRの改札に消えていった。よく藤真の家に押しかけてきて泊まっていくらしい。

「あいつの服とか置いてあるんだよな。朝帰っていったりするし」
「そのうち噂されちゃうんじゃない?」
「ありえる。どう考えても一緒にいる時間長えし、やべーな」

そんな軽口をたたきながら電車に乗り込み、そして降りる駅は本当に同じだった。
あらためてすぐ近くに立つと、藤真は思ったよりも背が高い。矢野の方が数センチ高いからだろうか。今まで気が付かなかった。

ホーム真ん中の階段に向かって並んで歩いていると、帰宅を急ぐらしき女性が後ろからすみませんと足早に追い抜こうとしたので、藤真は茉莉子の肩を軽く引き寄せた。

おそらくそれを動き出した車内から誰かに見られたのだと思う。後日、ちょっとした噂をたてられようとは――



改札を出てから左右に別れることは、車内での会話からわかっていた。茉莉子がお礼を言いかけると、藤真が「送るよ」と自分の家とは逆の方向に歩みだそうとした。

「いいよ、大丈夫。10分もかからないから」

奢ってもらったあげく、家まで送ってもらうなんて申し訳ない。

「今日は最後まで接待しないとな。それにあっち側行ったことねえから、ちょっと探検」

藤真は断らせてくれない。相手が遠慮するだろうと先回りしての受け答えに、茉莉子は感心した。

「向こう側は商店街が続くけど、こっちはお店少ないんだよね。あ、ここ、手作りのお惣菜を量り売りしてくれるんだよ? 独り暮らしのアスリートくんにいいんじゃないかな」

この時間はシャッターがおりている店舗らしき建物を茉莉子は指さす。探検だという藤真を案内するように歩いた。

「あっちの商店街のパチンコ屋の裏においしいお豆腐屋さんがあるんだけど、知ってる?」
「へえ、知らねぇ、って何か主婦の会話みてーだな。そのうちあそこのスーパーが特売だよとか、あの店のオジサン感じいいよなとか言い出しそうで怖えかも……オレら」とおかしそうに笑う藤真。

そしてふたりの間のたわいもない会話は途切れることがない。
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