藤真長編
□conte 10
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外は夏の午後の蒸し暑さがのしかかってくるようなありさまで、数分歩いたところで、目についたカフェに早々に避難することになった。
いったん空調の効いた建物の中に入ってしまえば、さきほどの熱気まとう暑さはなんだったのか。口を開けば暑いの一辺倒だったが、徐々に本来のペースを取り戻し――
「茉莉子、いつの間に藤真くんに乗りかえたの?」
「さあ、私が聞きたい……」
高等部からの仲の良い友人たちは、言うまでもなく学部は違えど大学も一緒。彼女たちは知っているくせに面白がってそんな言い方をする。
夏休みだというのに、内部生の間ではそんな噂がくすぶっているらしい。とはいえ後期が始まるころには鎮火しているだろう。大学の休みは長い。
「でもさ、噂はさておき、実際はどうなの? だって試合見にいったんでしょ?」
「ああ、あれね……」
茉莉子はアイスティーの氷をストローでくるくると回した。
「見に来てって言われたとか?」
「なんで? まさか。 矢野の話を聞いてたら、私が見てみたいと思っただけ」
「見たらどうだった? ユニフォーム姿とかバスケしてるとこ見たら惚れない?」
皆の視線に好奇心がありありと見てとれる。恋バナを期待している目だ。茉莉子は首を少しかしげ、「うーん、そういう感じではないんだよねー」と笑った。
そう、そういう艶めいた感覚よりも……もっとこう……泥くさい掛け値なしの彼のプライドを見せられ、ただ圧倒された。
「何かもったいないなあ」
皆は不思議そうに茉莉子を見つめた。
夕刻すぎ、友人たちと別れ、渋谷駅のホームを歩いていると、携帯が鳴った。
「どこいんのー?」とのん気な矢野の声だった。
「渋谷で電車乗るとこ」
「なんだ、家じゃねーのか」
「だから家に帰るとこだって」
「じゃ、そのまま藤真んち来いよ」
耳を疑う誘いに一瞬戸惑ったけれど、「来るときビールと食うもん買ってきて。金は払うから」と続く言葉に茉莉子は理解した。暑いから外に出たくないのだろう。……きっとそうに違いない。
「藤真くんち知らないし」という茉莉子の声にかすかに混じった皮肉な響きを聞き取ったのか、「スイカが届いてさ、それ取りに来いよ。な、ご近所さん」と慌てて取りなす矢野。その後ろで「テメー、言う順番が違えんだよ!」と藤真の声がした。
混雑する駅でひとり微笑んでしまった自分が……気味が悪い。わかった、近くに行ったら連絡すると言ってとりあえず電車に乗った。
そしていつもの駅で降りたのだが、何だか見知らぬ地に降り立ったような気がした。何年、ここで乗り降りしてるんだか―――