藤真長編

□conte 11
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生活へのこだわりのなさそうな部屋。奥の窓からは向かいの建物と暮れなずむ空が見える。
最寄り駅で降りたはずなのに、今、茉莉子がいるのは藤真の部屋で、そこには気安い雰囲気が漂ってはいるものの、やはりどこか非現実的だ。

「ふたりで飲んでたの?」
「今日は早く切りあがってさ。さっきまでもうひとりいたけど、帰った」

そこでビールが切れそうだと気付き、どっちが買いにいくかモメたあげく矢野に決まり、玄関のスイカを見て閃いた……そんなところか。

ご近所繋がりで藤真の部屋に足を踏み入れた。読み途中とおぼしきバスケ雑誌と充電器がベッドわきに放り出されているほか、ものはあるべき場所に収まっており、整然と味気ないくらいだ。
自分とおかしな噂が流れるくらいだから、きっと今、恋人はいない。確かに女性の匂いはしなかった。


「茉莉子は? 何の映画見てきたわけ?」
「今日のは……推理? サスペンス? ホラー? いや、サバイバルかな?」
「まったくわかんねーんだけど」
「……私もよくわかんない」

何だそれ?と言いたげな呆れた顔を向けられるが、友人の発案で誘われるままに行ったその映画は何とも奇抜だった。バッグから一枚のパンフをぺらっと出した。

「ミニシアター、へえ、こんなとこに。さすが渋谷を知り尽くしてんな」
「密室からの脱出劇?」

女同士がどういう映画を見にいくのか興味あるらしい。ふたりの好奇の眼差しを楽しむように、茉莉子は笑みをにじませた。

「いきなり閉じ込められたとこから始まって、脱出の謎解きが素因数分解だの、座標軸がなんちゃらって、そこがまったくわかんなかったから不可解なイメージなのかなあ。でもその世界に引き込まれたよ、面白かった」
「ま、今度はそういうの教えてくれる男と行けば? おまえ、好きだろ?」

何が?と茉莉子がけげんな顔をすると、「理系の男」と矢野は言い直した。どうやらイジりにかかってきたらしい。

「見終わって感想言い合ったりしてさ。彼がその謎を説明してくれたりしたら、わけわかんないながらもキュンとしたりしちゃうんだろ?」 と手を組んで首をかしげ、気持ち悪い仕草を見せてくる。
「見るに耐えねーな」と藤真は逃げ出すように新しいビールを取りに冷蔵庫に手をかけると、ふいに思い出したように言った。

「この間の試合で茉莉子の後ろに座ってた花形って覚えてる?」
「ん? 眼鏡かけてた人?」
「そう、あいつ、T大理T」
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