藤真長編

□conte 15
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300人以上収容できる大きな講義室に、気づけばポツンとふたりだけ。講義が終わってからどのくらいたつのだろう。藤真が時間を見ようと携帯を手にすると、さきほどの出欠確認の画面のままだった。

「なあ、この『パーソナルスペース』って何?」

教授は講義内でいつも学生の興味を引くようなちょっとした心理学を絡めた雑談をしてくれる。その時のキーワードを「今日のパスにしよう」とその場で入力。それに学生が追随するスタイルなのだが、本日のそれは『自分自身が持っている個人の空間』のことで、縄張り意識のようなものを指すそうだ。

ここに他人が侵入してくると、人は不快感や嫌悪感を覚える。満員電車を不快に感じるのはその顕著な例だとか。

「しかも人との実際の距離と心理的な距離はだいたい一致しているから、恋愛に応用できるって言ってた」

机上に広げていたプリントとペンをしまいながら、茉莉子は説明する。この話は面白かったので聞いていた。

「個人差はあるけど一般的にそのスペースって女性は自分を中心に円形で、男性は前後に突き出た楕円形なんだって。だから合コンとかで特に女の子は、気になる男性の前よりも隣に座る方がいいらしいよ」
「なんで?」
「いきなり縄張りに入ると警戒されちゃうからだって。でもわざと入って、意識してもらうって手もあるらしいけど」

へえ〜と感嘆の声があがり、講義室内に笑いが広がったのだが、そんなことには一切気が付かずに藤真はぐっすり寝ていた。

「どっちにしても、近くにいけってことか」
「相手のスペースを見極めて上手に接近しろって。面白かったよ、今日の話」

なのに寝てんのか? という言葉が続いて浮かんだが、人のことは言えない。さ、行くか、と藤真は立ち上がった。

「腹減った。メシいこうぜ」


茉莉子も携帯を取り出し、驚いた。

「え……? もう12時半……」

友人からも、来てないの〜?先食べてるよ、とメールが入っている。午後の講義は13時からだ。名残惜しさを感じながら、藤真の背を追うように、ただっ広い部屋を後にした。

「ごめんね。私がモタモタしてたから遅くなっちゃったよね」

それだけで20分以上もロスしねーだろ、と藤真は心の中で突っ込みを入れつつ、「いーよ」と適当な返事をしただけ。散歩でもするようなのんびりした足取りで歩いていく。

茉莉子としては、何か言わなくてはと苦し紛れの発言だったのだが、軽く流されてしまった。それにあわよくば、藤真がなぜ自分を起こしもせず待っていたのかヒントを得られればと思ったのだが、何の成果もなく、余計にわからなくなるだけだった。
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