藤真長編
□conte 17
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おかしな癖がついてしまった。
駅のホームに降り立ち、そのまま人の流れに乗って改札を出るだけなのだが、茉莉子の視線はせわしなく辺りをさまよう。軽くため息をつき、そのまま家に向かおうとすると、よく知った声で呼び止められた。
「お母さん……か」
あからさまにがっかりした顔をしそうになるのを笑みでごまかすが、「見つかったーって顔してないで、夕飯の買い物付き合いなさい?」と荷物持ちを命じられた。
スーパーがあるのは家とは反対側の東口。人々が忙しげに行き交う駅前広場を横切ると、茉莉子の母が「あら!」と何かに気付いた。
「あの子、この間の彼じゃない? 藤真くん」
後ろ姿でもすぐわかる、藤真だ、と確認した瞬間に茉莉子の体はこわばった。藤真の隣に女の子がいたのだ。
それでも何とか歩みを止めずにいられたのは、一緒にいる母親の手前。そうでなければ立ち尽くしてしまったに違いない。
しかも数メートル前方を行くふたりは、自分たちの目指すスーパーに入っていくではないか。その時、楽しそうに笑いかける藤真の横顔が見えた。
「彼女かしら、いいわね〜。このまま行ったら鉢合わせしちゃ……」
「あ、お母さん!」
茉莉子は母の言葉をさえぎった。
「ちょっとお金おろしてくる。忘れてた」
あくまで落ち着いた声でそういうと、先に行っててと促し、その場を離れた。不自然だっただろうか。そんなことよりも、とにかく藤真と遭遇してしまうことだけは避けたい。仕方なく用もない銀行へと向かった。
その藤真はといえば、久々に手料理を味わえるとウキウキしていた。料理をするのは隣にいる従妹ではない。部屋で待っている母親だ。
広告モデルの相手役をさせようと、事務所に紹介するために従妹を連れ出した。保護者として付き添ってきた藤真の母は先に帰して、自分は練習に出てきたのだが、それに従妹もついてきた。大学のバスケ部を見たいと。従妹の彼氏は陵南の仙道なのだから、そこに興味をもつのは自然なことなのかもしれない。
その帰り道、「豆板醤がないから買ってきて」と電話が入った次第。