藤真長編

□conte 18
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翌日に限って、例の心理学の講義のある日だ。ここ2,3回、何となく近くに座り、友人たちも含めてそのまま一緒に学食に移動してお昼を食べるという流れがパターン化している。

だが気の重さと歩みの速度は比例するのか、それとも無意識の拒否反応か、正門に着くころに始業の鐘の音が聞こえてきて、まんまと遅刻確定。だが急ぐでもなく、どこかでホッとするという矛盾を抱えながら茉莉子は講義室に向かった。

脇の小さな出入り口からそっと滑り込み、とりあえず手近な空いている席に座ると、ちょうど教授がパスワードを口にした。

『カクテルパーティー効果』

周囲が騒がしくても自分の名を呼ぶ声は聞こえるように、自分に必要な情報や興味を引く情報は聞き取れる現象のことを指すそうだ。特に名前は生まれてからずっと呼ばれ続けているので敏感に感じとれるとか。

だから「愛してる」などの愛の言葉以上に、相手の名を呼ぶことは好印象を与え効果があると、教授お得意の恋愛応用論付き。

これは聴覚だけでなく、視覚的にも言えるのだろうか―― こんなにたくさんの学生の中からでも、茉莉子はいとも簡単に藤真を見つけてしまう。探したわけでもないのに、しっかり藤真を見い出す自分にため息がでる。
そしてその後ろ姿に昨日見かけた彼の背中が重なって見え、またさらに欝々とした何かが胸の底に沈んでいくような気がした。


講義が終わったと同時に、茉莉子は脇目もふらずにサッと抜け出した。こんな行動をとる理由はわからない。けれど、今は藤真と顔を合わせたくない、そんな気分。だがそういう時に限って別サイドから見つかるものだ。

「よっ。あれ?ひとり?皆は?」
「……ここで待ってればすぐ来ると思うよ」

そう遠回しに待つよう勧めたのにもかかわらず、矢野は当たり前のように並んで歩きだした。抜けだすうまい理由が見つからないまま、一緒に学食に向かう羽目になり、茉莉子は諦めつつも会話にはかつての同級生の名ばかりを持ち出した。
最近の共通の人物の話をしたくない。聞きたくない。聞くのが怖い。
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