藤真長編

□conte 20
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「コンビニ寄るようなもんだろ? で、ちょっと食いモンでも持ってってやってよ」
「そりゃ近いけど……」
「……誰か…来てるかもしれないし……」との茉莉子のためらいがちな声は、背後の喧噪に紛れてしまい、「やべっ、練習始まっちまう。じゃ」とそこで通話は切れた。

ここは渋谷駅。日も暮れたこの時刻は人の波が縦横無尽に入り乱れ、それでもいつもなら慣れたもので難なく進める。
だが、急に歩調の乱れた茉莉子はすれ違いざまに男性とぶつかった。それでもその手にもつ携帯を落とすことがなかったのは、かなり強く握りしめていたからだろう。

行くと返事はしていない。ふうと一息つくと、迷いを振り切るように改札に向けて歩を運んだ。


藤真の見舞いに行くなんて、今の茉莉子には荷が重い。重すぎる。けれど最寄り駅に降り立ったときには、心を決めて再び携帯を手にとった。
藤真の様子次第で。ひとりを確認できたら。そしてそれは意外とあっさりと片が付いた。あっけない。

「誰が来るっつーんだよ?」
「え?……お母さん?とか……」
「風邪ぐれーでいちいち呼ばねえよ」

誰も来ないと確証はとれた。薬を飲んで寝たから、昼には熱も下がったらしい。それならそれで、今度は自分も必要ないんじゃないかと考え巡らせていると、「茉莉子、今、どこ?」と携帯の向こうから声がする。

「駅だけど……あの、何か買っていこうか?」
「助かる。あー、あったかい雑炊食いてえな。作ってよ」
「私が?」
「もちろん。オレ、病人」

コンビニに寄るようなもの、その程度の話のはずがとんでもない方向へ転がっていった。引っかかりはあれど、そんなきれいごとをねじ伏せるほど心躍らせる自分はどうかしている。
藤真がそう言うならと自分に言い訳をしながら家に行けば、藤真はいつも通りだった。スウェット姿で、少々だるそうな気配はあるものの、何ら変わらない。

「わりと……元気そうね」
「よく寝たからな。でも今度は腹へって病気になりそ」と藤真はこれみよがしにベッドに横になった。

卵や小ネギ、それに栄養ゼリーや簡単に食べられそうなものを買ってきた。ご飯はあるそうだ。料理が得意なわけではないが、雑炊ぐらいなら。
実は慌ててレシピを検索したのだが、それも藤真のリクエストに応えたいと思ってのこと。そんな健気さを見せる自分に少し酔っていたのかもしれない。すっかり当初のためらいなど忘れてしまっていたが――


「ポン酢ある?」
最後に雑炊に少したらすとさっぱり食べられる。
「冷蔵庫にねえかな?」そう言われ、覗くとそれはすぐに見つかったが、茉莉子はハッとした。

オイスターソース、唐辛子、甜麺醤、豆板醤。妙に調味料が充実している。それを見て、ふいに母の言葉を思い出した。
『彼女と調味料コーナーで楽しそうだったわ』

茉莉子は現実をつきつけられた気がした。忘れかけていた現実。そうだった―― 
やるせなさがこみ上げてきて、何やってんだと我に返らされた。
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