三井長編 続編・番外編

□Sable cerise
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「おい!」という声に紫帆は起こされた。
目を開けるには開けたが、脳の半分はまだ無意識の領域に留まっており、また毛布に包まるように寝返りを打つと、枕にフィットするように頭の位置を調節して再び瞼を閉じる。薄明るい中でまどろむのは何とも幸せで心地よい。

しばらくすると背後に誰かが腰かける気配がし、耳元で「起きろ!」と叫ばれた。それは頭の中で壊れた拡声器のようにわんわんと響く。

「ひど……、もっと優しく起こしてくれたって……」
「そんなんじゃ起きねえだろーが」

ベッドサイドに座ったまま、呆れたような視線を三井はよこした。

「チュッとかしてくれるとかさ、『朝だよ』って爽やかに囁いてくれるとか」
「チューだけで済むと思ってんのか?」と今度はいたずらそうに目を細める。

もういいよ……と覚束ない身のこなしで紫帆は起き上がった。誰かさんのせいでまだ身体に気だるさが残っているというのに。

「何だかを取りに行くんだろ? 仕度しろよ」


明日、友人の家に遊びに行く際の手土産として、チェリーサンドを予約していた。山手にある洋菓子店のもので、そこでしか売っていない。
三井はデパ地下行けば似たようなものがいくらでもあるじゃねーか、と不思議そうにしているけれど、“ここだけ、今だけ”というキーワードは極めて女子の間では重要だ。

洋館を改装したガーデンカフェでブランチをとり、駅までの道を遠回りしながら歩いた。途中、公園の中を横切ると、子供たちの声とともに、ボールのバウンドする音がきこえる。
3on3コートがあった。
この辺りは近くにインターナショナルスクールがあったり、外国人居住地が近いからだろう。

おっ、と三井が反応し、何気なく近寄っていくと、ちょうどボールが転がってくるではないか。
上体を倒して拾い上げ、いつものように美しいフォームでそれをゴールに向かって打った。リングに触れもせず、ネットに吸い込まれていくボール。

「わあ、スゲー」「あんな遠くから」「もう一回!」

子供たちから賛辞と憧れの目を向けられて、三井は満足げ。どうだ!という視線を向けてくるから、紫帆はハイハイと言わんばかりに肩をすぼめた。
そしてリクエストに答え、三井はもう一度シュートを打つ……が、今度はリングに嫌われた。

「クソッ、もう一回だ」

そのまま子供たちとコートに入ってしまったので、紫帆は近くのベンチに座った。
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