三井長編 続編・番外編
□suite 02
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「あ、出た。もしもし? 三井? オレ」
てっきり紫帆だと思って、確認もせずに出てしまった。オレって誰だよ、と言ってやりたいところだが、瞬時に悟った自分が恨めしい。
「今、何してる? 湘北か?」
「ああ、そう…」
「……ウソだね、駅だろ。石川町?」
構内アナウンスが聞こえてしまったようだ。勘も頭も顔もいいだけでなく、耳もいいのか、藤真は。
ちょうど電車から降りたところだった三井は、改札に向かう人々の流れからはずれ、ホームの壁際で立ち止まった。携帯の向こうで藤真がクックと笑っている。ムカつく。
「だったら何だよ──」
待ち合わせ場所には紫帆が先に着いていた。落ち合って歩きだすと彼女はそっと腕を絡めてきた。
今日は部活も休み。ふたりでのんびり買い物でもと思っていたのだが、さきほどの電話で予定を狂わされることになった。
「藤真と仙道が用事あって横浜来てるらしくてよ、このあと飯でも食おうって」
「ええっ!ホント? 私も?いいの?」
やだ、緊張しちゃうと目を輝かされれば、たまにはいいかと思えてきた。紫帆が喜んで楽しんでくれるなら、まあいいだろう。
それよりこれから行く場所は、正直、自分が少々緊張して落ち着かない──
先週、紫帆を送っていったときに、家の前で彼女の母親と遭遇してしまった。もちろん、弟のコーチとして何度かお会いしている。そしてあの一件以来、感謝されているらしいことは感じていた。
だから驚きこそあれ、どうやら自分の印象はすこぶる良いらしく、「まあ、紫帆の面倒まで見ていただけちゃうなんて」と明らかに快く受け入れられた模様。
その後、中林家でどういうやりとりが繰り広げられたのかは知らないが、オーダースーツを作って差し上げたいと言われ、さすがにそこまではとやんわりと固辞したが、結局せめてワイシャツでもということになった。今から元町の店舗にお邪魔することになっている。
案の定、待ちうけていた母親の歓迎を受けた。紫帆も呆れた顔を見せる。
「ウチのお母さん、寿のこと、我が家の救世主か何かだと思ってるみたい」
「知らねえって怖えーな」
自分でそれ言うんだ、と紫帆はクスッと表情をやわらげた。
「ま、中林の受験の力にはなれねーけど……」
そのまま紫帆に顔寄せて、「おまえは救ってやってもいいぜ? オレの愛で」と囁いた。
「……間に合ってます」