三井長編 続編・番外編

□Mes vœux
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年も明け、しばらく過ぎたころ。
三井が突然、「明日9時に迎えに行くから」と言い出した。とすると、8時すぎには起きないといけない。休日の朝はゆっくり寝たい紫帆にとって、その時間は少々早め……

「……どこ行くの?」
「御参りいこーぜ。ほら、弟の合格祈願とか」
「もうセンター試験、終わってんだけど……」
「時間とれなかったんだから、しょーがねえだろ? それに本番はこれからだ!」
「10時じゃだめ?」と少し媚びた声を出して訴えてみたが、即、却下された。何か理由があるらしい。


そして翌日、予告通りの9時きっかりに三井は現れた。そう、彼はわりと几帳面なところがある。そのことに紫帆は付き合い始めてから気づいた。他にも、意地っ張りで強情なくせに、淋しがりやで心配性なところ。思いのほか努力家で、寛容なところも──

「何、ニヤニヤしてんだよ。気持ちワリーな……」

そんな言い草も気にならない。それが照れや愛情の裏返しであることをよく知っているから。余計に顔がニヤつくのを感じながら、紫帆は車に乗り込んだ。


海沿いの国道を下っていくと、小一時間ほどで最初の目的地に着いた。勤勉で知られる二宮尊徳の奉られている神社。合格祈願にはうってつけだ。
紫帆は手をあわせ、合格できますように、とそれなりに祈願した。ふと隣を見ると、三井はまだ目を閉じている。きっと弟のことだけでなく、他の3年生の分も祈っているのだろう。
けっして世話好きなわけではなく、むしろ素っ気ないくらいなのだが、その実、温かく手厚い。そんな彼の精悍な横顔をそっと見守っていると、目が開き、紫帆を優しく見下ろしてきた。

「さ、行くか」


ここは小田原城内の一角にある神社。木々の合間から、時折、天守閣がのぞく。

「ねえ、ここまで来て、小田原城に行かないの?」
「小学校の遠足とかで行ったことあんだろーが」
「ないよー。遠足といったらディズニーランドだったよー」

そうだ、こいつは私立の女子校育ちだったと三井は思い出した。かといって、寄り道している時間はなく、「天守閣に登ってみようよ」と言う紫帆を適当に流して向かった先は一軒のお店。箱根の山のふもとに位置するような場所にある『うなぎ屋』だった。

美味しいと評判で、開店の11時前には行かないと大変な混雑らしい。もちろんうな重をいただき、それは香ばしく絶品だった。
だが、それなら最初にここを目指して来れば、出発がもう少し遅くてもよかったのではないかと、ふと紫帆は疑問に思ったが、それにはそれでワケがあった。
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