三井長編 続編・番外編

□En confiance 1
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練習後の三井に駅でひろってもらった。合流するなり、腹減ったから何か食いにいこうぜと言うけれど、まだ17時前。中途半端な時間だ。

そのくせ、昨夜、飲み過ぎたからあっさりしたものがいいだの、でも朝からロクな食事をしないで運動したから今ならガッツリ肉を食いたい気もするだの、どっちなんだと呆れるようなひとり言が続く。

「あ、あそこ行かない? 最近出来た牛タン屋さん。肉だけどさっぱり食べれるし」
「お! 理想的だな」

いつも行列が出来ているのを横目に見ているだけだったが、この時間ならすんなり入れるかもしれない。それに自分はまだあまりお腹がすいていない。2、3切れ三井にあげてしまえばちょうどいいだろう。


店内にはタンの焼ける芳しい香りが漂い、三井はさらに食欲をそそられたようだ。カウンターはひとり客で半分ほど埋まっていたが、なんなくテーブルの席に通された。

「飲み過ぎって、また課長さんと?」
「いや、昨日は本社行って。そのあと、ほら、同期のやつにホワイトデーのお返しするっつってただろ? そしたら相談があるって言われて飲み行ったんだよ」
「相談……?」と紫帆がきょとんとした。

「会社や仕事のことがほとんどで、後はちょっとばかりそいつの恋愛の話」
「寿に……仕事はともかく、恋の相談!?」 
「する人を間違えてない……?」と紫帆は驚きを隠せない。その反応は予想しうるものだったのか、三井は少し勝ち誇った表情を浮かべた。「頼りになる男だからな」と得意げなくらいだ。

「ま、はき出したかったってのもあるんだろ。好きな男に彼女がいるんだってよ」
「そっか……。で、三井先生はなんてアドバイスしたの?」

相変わらずドヤ顔の三井は、「そりゃ、簡単にあきらめるなって、な」と言った。
説得力があるんだか、ないんだか……

「それだけ?」
「ああ。他に言うことあるか? 色仕掛けで奪い取れ? 他の男を探せ?」
「なんかもっと実のある助言を……」との紫帆の声には相談者への同情の響きが。

やはり相手を間違えているとしか思えない。なぜ三井に……? と思わずにはいられなかった。

運ばれてきた牛タンは厚切りで、とても美味しそう。テールスープは澄んでいるのに濃厚で、コクがある。ふたりの話題は自然とそちらに移っていった。

「なんで牛タンには麦飯なんだろうな?」
「食糧難の時代の名残りらしいよ」

しかも“とろろ”があれば何杯でもいけそうだ。腹減ったと公言していた三井は、もちろんおかわりして、これ食べてと紫帆が差し出した牛タンも平らげた。

満足そうに食事をする三井を見て、紫帆は幸せな気持ちになる。それは、夜景が見渡せるような高層階の天井が高いレストランだろうが、凝った照明に内装のオシャレなお店だろうが、こんなシンプルな定食屋だろうが同じ。
恋人と一緒に美味しいものを分かち合うことは、なんて満ち足りた行為なんだろう。

「今度、牛タン食いに仙台行くか。魚も旨いし、温泉あるし」
「うん、行きたい」

三井と同じ時間を共有したい。共有できることが喜びであり、そう思う相手にそう思ってもらえることは贅沢なことだと、三井の同期の女性の悩みからも、紫帆は改めて実感していた。
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