三井長編 続編・番外編

□En confiance 2
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春だというのに、粘りつくように闇の密度の濃い夜。そう感じたのは、期末と金曜が重なり、目まぐるしい日中の忙しさで疲れきっていたからかもしれない。しかも週明けの4月は異動やら、新人が来たりで落ち着かないだろう。そういう見通しの悪さも象徴するような夜更けだった。

紫帆自身、打ち上げがあってすっかり遅くなってしまったが、それでも三井よりは早いと思われる。実際、三井の部屋は真っ暗で、電気を付けると、慌てて出て行ったのであろう形跡が残されたままだった。

ペットボトルは出しっぱなし、バスタオルは椅子にかろうじて引っかかっており、脱いだものはベッドに投げ置かれている。それらを回収しつつ、紫帆はバスルームを借りた。

慌ただしかったのは今朝だけではなかったようだ。よくよく部屋を見渡すと、テーブルの上にはレシートが幾枚も投げ出されており、間に合わせで買ったらしき文房具を開封したゴミが散らばっていたり、栄養ドリンクの空瓶が狭いキッチンスペースに陳列されていた。

レシートはほとんどが一番近いコンビニのものであり、時間はほぼ終電の時刻。
「ふふ、わかりやすい」と紫帆はひとり笑いながらつぶやき、そのままゴミ箱に捨てた。

あまり自分が触ると三井のペースを乱すと思ったので、物はそろえるだけにし、ボールペンや残りの付箋をテレビわきの棚に片づけていると、ふと目に留まったものがあった。秋に受けた資格試験の結果。クリアしたことはすでに当然のことのごとく報告されていたが。

「めちゃくちゃギリギリじゃん……」

合格ラインすれすれであったことに紫帆は苦笑した。それでも受かったことには変わりはない。
これは見なかったことにしよう。他のものに紛れさせるようにボックスに差し入れようとするが、何かに突っかかってうまく入らない。

ピンク色のカード──
ハガキほどのサイズのそれは半分に折られていただけだったので、『市村』との署名が見えた。

きっと義理チョコに添えられていたのだろう。マメな人だなあと、安易に開いてしまう……。てっきり、いつもありがとう程度の定型文かと思ったのに。
数行に渡って綺麗な文字でしっかり綴られた文面を……紫帆はつい好奇心から読んでしまった。いけないと思いつつ……。


読み終わってからの後ろめたさは、予想をはるかに上回るものだった。人のラブレターを見てしまったような罪悪感。そう、これはラブレターだ。
具体的に気持ちを伝えるような言葉はないものの、感じられるのは好意以上のもの。

彼女は三井が好きだとしか思えない。そうでなければ、バレンタインにこんな丁寧なメッセージは贈らないだろう。

先日の恋愛相談の件。不思議に思いながらも、その同期の女性と三井とを結びつけて考えることはなかった。今、この瞬間まで。
だが、気が付いてしまえば何てことはない。ゆっくり取り戻される記憶の中で、ああ、そういうことかと腑に落ちた。

勝手な自分の想像にすぎない。
でも、かなり実情に近いと思う。
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