三井長編 続編・番外編

□En confiance 3
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いつもなら先に起きるのは三井なのだが、さすがに疲れていたとみえる。今朝は珍しく紫帆が先に目を覚ました。
そっと起き上がり、コーヒーをセットしつつ冷蔵庫を覗くと、案の定、卵すらない。 軽く着替えたところで、三井が起きたようだ。

「ちょっとそこのスーパー行ってくる」と声をかけて外に出れば、春を感じさせるのどかな日差しが降り注いでいた。今日は家でのんびり過ごそうと思っていたが、もったいない気がしてくる。

午後にでも一緒に買い物に出て、少し遠回りしたりするのもいいかもしれない。そして、ここのところ外食続きだったと思われる三井のために、今夜は何か作ろう。そう思ったので、朝昼兼の簡単なものを買うだけにとどめた。


「珍しいこともあるもんだな、おまえが先に起きるなんて」
「そのおかげで何もせずに朝食ありつけてるんだから」
「そうだな、貴重すぎてびっくりだぜ」

こんないつものやり取りに、昨日の憂鬱はすっかり忘れてしまっていた。
この週末は湘北に行く予定はない。明日は休日返上で会社に行くとのことだが、今日はゆっくり出来るはず。夜は何が食べたいか、あとで買い物に行こう、お酒も買わないと、などとたわいのない会話に興じていたのだが……

そこに一通のメールが届いた。それを見た三井は、返信しようとして面倒くさくなったらしく、電話をかけだした。

「オレ、三井。誰かしら出勤してるだろうから、開いてると思うぜ? 市村、行くのか? ……ああ、確かにな。それもう横浜に移管されてる……」

三井がチラリと後ろめたそうな目でこちらを見たので、紫帆は目をふせた。次に続く言葉が簡単に想像できてしまうのが、いやだ……。

「オレも行くよ──」

そうくると思った。

「いや、いいんだ、マジで。今日もやっといた方が自分も楽になるからよ」

そう言って、遠慮する相手に配慮を見せる。三井なりの優しさや気遣い。そんな彼の温かい部分をそれとなく感じる瞬間が紫帆は好きなのだが、何だか今は複雑だ。
なのに、電話を切った三井は、紫帆の胸の内をさまざまな感情が通り過ぎているのも知らず、罪のない目を向けてくるではないか。

行くこと自体は必要ならば仕方がない。それはわかっているが、何の拒否感もないかというとそれはウソ。かすかな苛立ちにも似た思いを感じるのは確か。

「わりい。そういうことで、午後、やっぱ行ってくる」
「わかった。気にしないで行ってきて」

そう答え、唇に微笑を装ってみたが、紫帆は自分が口にした言葉の白々しさにいささかうんざりした。

「夜には帰るから」
「ううん。待たれてると思うと落ち着かないでしょ? 一緒に出て、私は帰るよ」

「ごめんな」と三井は紫帆が気を遣ったと思ったようだ。それもあるが、それよりも、紫帆はただ……この部屋でひとりで待っていたくなかった。片隅にあるカードの存在が頭から離れなくなりそうで──
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