三井長編 続編・番外編

□En confiance 4
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もともと三井は連絡をまめに寄こすタイプではないとはいえ、やはり連日忙しいようだ。返信が途切れがち。
一方、紫帆もそれなりに慌ただしい日々を送っていた。直属の上司が変わった。転勤してきて今回初めて役職についたそうだが、やることは早いし、押しつけがましくなく、何より指示がわかりやすい。こういう人が“仕事が出来る人”と言うのだろうか。上司として『当たり』だと思った。

結局、三井は土曜は出勤して、日曜に湘北に行くという。さすがにそんなに遅くならずに帰れるだろうと聞いて、紫帆は夕飯を作って待つことにした。

土曜の午後、買い物してから三井の家に。
冷蔵庫に食材をしまって、軽く部屋を片付けてから夕食の準備をして三井の帰りを待つ。主婦ってこんな感じなのかな〜、とちょっと照れくさく、面映ゆい気持ちを感じながら、キッチンと呼ぶには質素なスペースに立った。この一週間、ほとんど使われていないらしく、グラスだけが残されていた。

外食続きで野菜不足だろうと、ポトフを作った。温めればまた明日も食べられる。
「なんか、ホッとする味だな」と三井も言ってくれた。

「かつ丼とか、麺類ばっかだったからなー」
「春キャベツだから、自然な甘みでビタミン豊富。あ、サプリなんか飲んでるの? キッチンにあったけど」
「せめてこれで摂れってもらったんだけどよ、やっぱ自然が一番。サプリじゃ、腹にたまんねーし」

市村さんから……? という言葉が続いて浮かんだ。その呟きを頭を振って払いのけ、おかしな方向へ傾いていきそうになる思考を引き戻した。

なのに、食後、先の予定を確認しようと手帳を出した三井の手にあるものに紫帆の目は釘付けになった。細いシルエットのシルバーのボールペン。パールが埋め込まれており、明らかに女性用。

「あ、やべ。持ってきちまった」
「MIKIMOTOのだよ。返さないと」
「誰のだろ……?」
「これ、イニシャルなんじゃない?」

クリップ部分がゴールドで、アルファベットのモチーフがあしらわれている。

「市村の、だな。きっと」

そうだと思った。むしろはっきりして清々しいくらい。中途半端に影を感じるより、いっそ名前が出るほうがいい。
だが、それとは裏腹に、紫帆はやるせなさを覚えていた。気付かぬうちに彼女のものが三井の持ち物に紛れ込んでいたように、知らないうちに三井の心に彼女自身が入り込んでしまったら―――

どうしても考えてしまう。何がきっかけになるかなんてわからない。そんなことはないと言えるほど、自分は強くもなければ自信もない。振り払うように大きく深呼吸したとき、三井の視線を感じた。
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