三井長編 続編・番外編
□En confiance 5
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今週からは新人が配属され、仕事もいつものペースでというわけにいかず、とにかくミスしないよう気を遣う日々。そんな平日をやり過ごし、やっとまた週末が巡ってきた。
土曜日。地元の友人たちと飲みに行くことになっており、紫帆は予定があることにホッとした。ひとりでいたら、想像が妄想に近い形でどんどん膨らみ、苛まれていたことだろう
昼も近い時間に起きてカーテンを開けた。窓越しに明るい春の日差しが差し込んでくる。だが、こんなに気持ちがいいのに、頭をよぎるのは先週の三井のふとしたセリフ。
「もう紫外線対策しねえとヤバイんだろ? 夏だけじゃねーんだってな」
きっと誰かの受け売り。薄っすら感じる淡い気配は、三井と一緒にいればいるほど、皮肉なことに色濃いものに変わっていく。影だけがどんどん濃くなっていく。形はないのに―――
「ペース早くない?」と友人がワインを紫帆のグラスにつぎ足した。
「ミッチーは今日もバスケ?」
「ううん、仕事だって」
「ふーん。それでいじけてんの?」
「いじけてるワケじゃない……」
そう言って、またグイッとワインをあおれば、友人たちの好奇心まで煽ってしまったらしい。
「じゃ、何よ? けんかでもした?」
「あ、わかった、浮気だ!」
「浮気じゃないって」との紫帆の言葉を受けて、ひとりがジョークとして「じゃ、本気?」と突っ込んだ。
そういうことでもないのだが――― 思わず紫帆は視線を落とした。それを昔からの友人たちは見逃さない。一瞬、場がシーンとした。
「違うよ、違う。寿との間に何も問題ないよ」
紫帆は慌てて訂正した。
「でも相手は本気かな……たぶん」
「相手って?」
「寿の会社の人。その人、寿のことが好きなんだと思う。今、一緒に仕事してるから、よく話に出てきて……やっぱそういうのって何となくわかるっていうか」
「向こうはミッチーに彼女がいることは知ってるの?」
「確実に知ってる。けど、好きでいるのは自由だから」
そう言って、紫帆はズッキーニのマリネにフォークをさし、口に運んだ。ものわかりのいいことを言ってみたけれど、声に感情がこもっていない。本当は手の施しようがないほど後から後から不安が湧いてくる。
それと同時に感じるのは、三井への申し訳ないような気持ち。彼は仕事をしているだけ。休日をつぶしてまで。なのに、自分だけ勝手に不安がって、おかしな妄想にとらわれて、挙句には三井がその人に心移したらどうしようなんて考えている。
それって……三井を信頼していないのではないか。三井の気持ちを疑っているに他ならないのではないか。
「ミッチーは? 気づいてるの? その人の気持ちに」
「まったく…気づいてないね……」
「ああ」との皆の納得が、「やっぱり」との響きを含んでおり、紫帆は苦笑した。皆の持つ三井のイメージは、自分が植え付けたようなもの。
「じゃあ、紫帆はミッチーを信じるしかないね」
「ミッチーの彼女は紫帆なんだから。紫帆が自信なくしてどうすんの!」
「その弱気、伝わっちゃうよ?」
「ほら、飲も」とボトルを取り、紫帆のグラスと皆のそれにワインを満たした。
「じゃあ乾杯」
「何に?」
「ミッチーへの変わらぬ信頼に」
結んだままの唇に、紫帆はかすかに笑みを浮かべた。行き詰っていた感情がほっと救われた気分。解きほぐされた。
「私たちも信じてるからね! ミッチー」
「ほら、ミッチーって、あれだよ、あれ。えっと…頼りになる男、だっけ?」
「何か違う気がする……」
「リョーちんと花道くんが言ってたやつ? 何だっけ……?」
あ、それ『あきらめの悪い男』と思ったけれど、今回、三井の『あきらめるな』がこじらせてしまったきっかけのような気がしてならない。そう思うと……言えない。
紫帆は黙ってグラスのワインに口をつけた。