三井長編 続編・番外編

□En confiance 11
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三井のために玄関の鍵を開けたはいいが、2階の自室に戻ることはためらわれ、桜輔はリビングのソファーに寝転がって、ゲームをして時間をつぶしていた。
暇なら一緒に湘北に行かないかと誘われたから。だが、いつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい―――


En confiance 11


漂うジャスミンの香りがこれまでの不安を柔らかく包みこむように室内に広がっている。そう、信じていなかったわけではない。
「でも、ちょっと怖かった」と口に運ぼうとしたカップをふと宙に止め、紫帆はかすかに笑ってそう言った。

「何が?」
「寿の気持ちが傾いたらどうしようって」
「誰に? ……もしかして市村?」
「ここのところ接点多かったみたいだし……」
「んなこと…って人のこと言えねえか。お互い同じようなこと気にしてたんだな」

そう言って三井は軽く流そうとしたが、違うと紫帆は小さく首を振った。

「似たようなもんだろ」
「同じじゃない」

紫帆は短くためらいを見せながら、思い切ったように口を開いた。

「彼女が寿に好意を持ってることは薄々感じてた」

そう言い切れば、三井の眉間にはっきりとした驚きと困惑が浮かんだ。混乱した目が、「どうして?」と聞き返している。だが紫帆はそれには答えず、「そういう感情があることが怖かったの」と続けた。
口にしてしまうと、思いがけず弱気がフツフツと湧いてくる。三井の前では強がりなど何の役にも立たない。

「悪い方に考えちゃって……」
「考えんなよ」
「心配で……」
「要らねえ心配すんなって」
「そんなのわかんないよ。しかも出張も一緒に行くことになるし、夜も眠れないくらい不安だった」
「寝てたじゃねーか。オレが部屋入っても起きねえくらい」
「それは……。もう、勝手に入ってこないでよ!」
「寝てるやつにどうやって許可とんだよ」といつものようにこちらを挑発するような三井だが、短い沈黙のあと、静かに息をついた。

「ま、何にしても、1年たつけどよ。オレの気持ちは揺らいでないから」
「あ……」
「明日、4月30日だろ?」

忘れるはずがない。1年前のその日、三井と食事をして、あの公園で。
あれから心開き、意思を通わせてきたつもりだ。笑いながら、怒りながら、泣きながら。
……いや、三井に泣かされた記憶はない。

語り合いながら、キスしながら、時にはセックスしながら。お互いを理解しようと努めてきた。そして少しはわかり合えてきたと思っていた矢先のこと。
1年なんて短い。まだまだ手探りが続いている。だが、たとえこれからも何かがふたりの間に起こっても、起こらないことより確かな意味があるに違いない。そう言える日が続くことを願って。

紫帆はテーブルの上に置かれた三井の手に自分の手をからませた。体温が伝わってくる。今はただ、この温かさを、彼のぬくもりを信じていればいい。
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