三井長編 続編・番外編

□Voyage 01
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ふと瞼をあげると、目に映るは前方を走るトラック。そしてすぐ横をスポーツタイプの黒い車が追い越していく。
紫帆は数回大きく瞬きを繰り返した。頭の半分はまだ生温かい無意識の領域に留まっており、現状を把握できない。傾いた身体を真っ直ぐに直せば、「起きたか?」と声を掛けられ、自分が居眠りをしていたことに気が付かされた。

「……あれ……どこ?」
「ちょうど東北自動車道にのったとこ」

茅ヶ崎から圏央道に入り、海老名インターまでは覚えているが、その後の記憶がない。
今回の旅行は三井プロデュースのため、出発は早朝。お天気に恵まれたのはいいのだが、心地よい揺れと柔らかな春の日差しは紫帆にとって睡眠薬のようなもので、懸命に抗ったつもりだったのだが―――

「いいご身分だよなー」
「……すみません」
「お、珍しい。反論なしか」
「いや、だって、乗ってから30分もしないうちに居眠りはさすがに。あ、次、運転代わるよ。適当なサービスエリアに寄って?」

じゃ、と言わんばかりに三井はアクセルを踏み込み、追い越し車線を走行しだせば、前を走っていたトラックはあっという間に後ろに流れていく。
カーナビに目線を落とした紫帆は、自分に三井の上着が掛けられていることに気付いた。口にする言葉とは裏腹の、こういう彼の優しさが好きだ。
栃木に入る手前で運転を交代し、少し行くと佐野の文字が目に入る。

「佐野っていえばラーメンだよね。アウトレットもあるし行きたいなー」
「今度な。それにアウトレットなら御殿場のがよっぽど近いだろーが」
「そっか」

さらに30分ほどで、今度は宇都宮に紫帆は反応した。

「ね、餃子! 餃子食べたい」
「まだ9時だぜ? 朝から餃子食うのかよ。それにそんな寄り道してる時間はねえ」
「えー、せっかくすぐそこなのにー」

紫帆はその場次第、思いつきで楽しみたい派だが、三井はわりと計画通りに遂行したいタイプらしい。男女の違いか、それとも個人差だろうか。

「……寿、寝てもいいよ?」
「いい。見張ってねえと、おまえ、勝手にどっかで降りて何か食ってそう」
「いいじゃん。車なんだし、自由に道中食い倒れでも」
「それじゃあ目的のモン食えなくなったり、行けなくなったりすんだろ」
「意外と保守的なんだから。何とかなるって」

初っ端からこんな調子で、この先が思いやられる、というよりむしろ心配だ。
旅行は一緒にいる時間が長く楽しい反面、些細なことから揉め事に発展する可能性がある。何が火種になるかわからない―――


「……またオレかよ……ついてねえ」

紫帆の提案で休憩するたびにジャンケンで運転を決めることにしたのだが、あまりの三井の弱さに紫帆は申し訳なくなってくるほど。要所でスリーポイントを決める三井はどこへやら。

「おまえ、何か細工してる?」
「ただのジャンケンで何をどうやって!……しょうがないな、かわいそうだから代わってあげる」
「あー、次はいいや。この先、高速のくせにすげえカーブきついんだよ」

福島の山間部に沿ってかなりの勾配とカーブが続く。目的地はもう少し。連休も後半のせいか、これといった渋滞もなく順調にここまできた。幾重にも連なる山々の間を縫うように走り抜ける。

「ホントだ、これ実際運転するのってかなり大変そう」と紫帆が呟いた。
「ま、オレはけっこうカーブ好きだけどな」
「昔の血が騒ぐの?」
「忘れたころにそのネタ持ち出すのヤメロ」
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