三井長編 続編・番外編

□Voyage 02
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春の夕暮れ特有の淡い郷愁をはらんだ空を背に、国道を下れば、そこは仙台の奥座敷と呼ばれる温泉地。
市街地から車でわずか30分だというのに、自然と静寂に包まれる癒しの名湯として親しまれ、川沿いに旅館が立ち並ぶ。

仙台黒毛和牛などの里山尽くしに仙台湾の新鮮な魚介類中心の会席料理をいただき、夕食後は連れだってお風呂へ。
色違いの浴衣が面映い。

「先に部屋に帰ってていいからね」とは言ったが―― 
ゆっくり温泉を堪能し部屋に戻れば、照明が煌々と明るい中、並んで敷かれた布団の上に寝そべる三井はピクリとも動かない。

「……寿? もしかして寝てる?」

そっと近づくと規則正しい寝息が聞こえる。
湯上りの浴衣一枚のまま。

「風邪ひいちゃうよ」と捲り上げられた袖を直し、その腕に触れても、頭を撫でても起きる気配はない。
やはり相当疲れたのだろう。このまま寝かしておいてあげたいが、掛け布団の上に寝てしまっているので、何とかしなければ。
少しずつずらしながら布団を引き出し、さらに三井の背中を押して転がすように移動させる。
もうちょっと向こうに…重たい…とつぶやく紫帆の声に、「う…ん……?」とわずかに反応を示すも、意識は完全に夢の中。
うつぶせのまま頬をシーツに押し付けるように眠る三井の横顔を、紫帆も隣に横たわり飽きずに眺めていた。
つけっぱなしのテレビの音だけが耳に届く。

子供のように無邪気であどけない寝顔に紫帆の方が癒される。目を開けて欲しいような……その目で見つめて欲しくもあり、だが、ゆっくり休んで欲しいという気持ちもある。わがままな矛盾。

三井の短い髪に触れた。
愛しさにキャパオーバーはないらしい。容量いっぱいになっても、とめどなく溢れてきて自分を占領し尽くし、果てにはただその感情に身を任せるしかない。そしてそれは許容や思い遣りとなって表れるべきもの。
それを欠いてはいけないのに――



どれくらい眠ったのか。確かに昨晩はあれからすぐに寝た。ふと隣に滑り込んできた温かい感触に、意識を引き戻される。三井だった。

「ん……おはよ。もしかして……温泉入ってきた……?」
「ああ、人も少なくてスゲー気持ち良かった」

「あったかい」と抱きつけば、三井から温泉の香りがする。背中にまわされた手のひらもじんわりと温かい。
その手がやがて紫帆の帯を弄び始める。

「オレ、昨日、おまえ戻ってくる前に寝ちまってたよな。わりい」
「そんな、ほとんど運転してくれてたんだから」

大きな手が腰を撫でまわすように動き回るから、紫帆は三井にギュッと身を寄せた。その逞しい身体を感じ、朝っぱらからシてもいいかと、むしろその気になり見上げるように視線をあげれば……

「腹減った。朝飯いこうぜ?」
「え……まだ早くない? もう少しゆっくりしても」
「午前中に魚市場行ったりしたいからさ。ほら、起きろよ」
「………そうくるか」
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