三井長編 続編・番外編

□Voyage 03
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寿司店を出て「おなかいっぱい」と呟きそうになり、紫帆はハッとして口をつぐむ。
いつもならば食後には、何が美味しかっただの、隣の人の注文してたあれも食べたかっただのと話題に事欠かないのだが、今はタブー。
車に乗り込み「松島行くんだよね?」と問えば、もう話すことはなくなってしまった。

「こっから30分かからねえってさ」
「近いんだね」

ただ無言のときが音もなく過ぎていく。
沈黙というのはどうしてこうも厄介なのだろう。近いはずの30分が長くて長くて仕方がない。

先程はムキになって余計なことまで口走ってしまった。「なんでいつもそうなのか」などと愚痴が裏付けでしかない非難めいたことを軽率に口にした自分を後悔するも、あの瞬間は柳に風と受け流すことが出来なかった。

それに対して何も反論してこなかった三井。呆れて返す言葉もないというような、まるで駄々をこねる子供をあしらうようなニュアンスがその目に含まれていて、紫帆のプライドを少しばかり傷付けていた。だが、最初に感情的な態度をとってしまったのは自分だ。

「さっきはごめん……」
「何だよ、急に」
「せっかくいろいろ考えてくれてたのに、好き勝手なこと言って……」
「別に、いいよ」

そう三井は言ったが、言葉に偽りの匂いがする―――
その表情は不機嫌というより、いまだどこか釈然としない様子だが、とはいえこれ以上何を言っても、言えば言うほど白々しい。相変わらずおさまりの悪い空気だけが残った。
そんな妙な雰囲気は三井としても居心地が悪いらしく、別の話を振ってくる。

「日本三景、他に行ったことあるか?」
「広島に行ったときに宮島には行ったよ」
「広島っていやあ、インハイがそこだったな。さすがに観光なんてしてねーけど」
「天橋立は?」
「どこにあるのかすら知らねえ」
「京都の上のほう、って私も行ったことないけど」
「へえ」

だが、それ以上の会話が続かない。
いつもだったら“インターハイ”が引き金となって三井の独擅場になるはずなのに。自分たちの山王戦の話から、今年もゼッテー行くだの、今の湘北の後輩たちの様子に各校の仕上がり具合。
紫帆もレギュラー陣やライバル選手の名を覚えてしまうくらい、いつも聞かされていたし、三井が嬉しそうに語るのが好きだった。

そのキーワードも軽くスルー。そんな気分じゃないのだろう。
紫帆は唇を噛んだ。こんなことなら責められるほうがずっといい。その苛立ちをぶつけてくれればいいのに。かえって距離を感じてしまった。

GWということでかなり駐車場も混んでいたが運よく停められ、海沿いの公園に出れば、目の前に広がるは大小260余りの島々が浮かぶ松島湾。自然の眺めが清らかで美しい。
春の陽ざしをうけ眩しく目を射る海面に、島巡りを楽しむ遊覧船の白い波しぶきが線を描く。1時間ほどのコースの船に乗ることにした。
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