三井長編 続編・番外編

□Voyage 04
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人の流れをやり過ごしてから立ち上がったので、船を下りたのは最後の方だった。

「大丈夫か?」
「うん、だいぶ」
「でもすぐに車に乗るわけにはいかねえよな……」

三井は思案気に立ち止まった。どうやらこの後またどこかに移動する予定だったようだ。

「平気だよ? もう落ち着いてきたし」
「いや、いい。少し歩こうぜ? せっかくの日本三景なんだし、もう少し堪能していくか」

確かにそのほうがありがたい。
だが、ホッとすると同時に申し訳ない気持ちになる。結局、自分は三井に計画を変更させてしまった。それでいいのかと表情を伺えば、三井は海を見渡していた。

「なあ、あの島、歩いていけるんじゃね?」

指さす先には、ひときわ目立つ朱塗りの橋。
その長さは200メートル以上あろうか。
福浦橋、別名「出会い橋」とある。
「出会いは今さらだけどよ、行ってみよーぜ?」と三井は紫帆の背に手を回した。


海は鏡のように静かで、その表面には太陽の光が揺れている。それを眺めながらゆっくり歩けば、心にも凪が訪れるよう。
言い過ぎを悔やんだり、沈黙に狼狽えたり、息が詰まりそうだったり、ぐらぐらと不安定だった自分の気持ちに穏やかさが戻ってくるような気がした。

「海ってけっこう見慣れてるつもりだったけど、全然違うね」
「そうだな。見た目もだけど、時間の流れ方も違うよな」

ふたりの間にも緩やかな時間が流れ始める。
島には多くの樹木や草花が自生し、散策路を備えた自然公園となっていた。一周まわって1時間ぐらいだろうか。
砂浜もあれば、緩い勾配が山道へと続き、一歩入ると小さな神社に見晴らし台まである。そこからは個性的な松島の島々が望め、船から見るのとはまた違う趣き。新たな発見が探検のようで、童心に戻り楽しめた。

陸へ戻ろうと再び橋を渡り始めたとき、「行って良かったな。予定外だったけどよ……」と三井が照れくさそうに言った。俯きがちに「うん」と返事をし、数歩歩いてからこっそり三井を見上げた。
自分よりずっと高い位置の顔は、この海のように涼やかでのどかで気負ったところがない。注がれる視線に気付いたのだろう。今度は明らかに照れた顔になった。

「何だよ……歩いたら腹へったとか?」
「もう! んー、でも夜の牛タンまで待てないかもしれない」

勘弁してくれよといわんばかりに三井の口元は緩い弧を描いた。紫帆が一番好きな彼の顔。
美しく穏やかなこの情景の中でそんな顔を見せられたら、いかに三井のことが好きか、自分の気持ちを思い知るほかない。
あらためて出会いを重ねた気がした。
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