三井長編 続編・番外編

□La tentation
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「これ、どうしたの?」

殺風景な三井の部屋に不似合いなシャレた箱。黒地に金のアルファベットで飾られており、北海道との文字が読み取れた。
「課長の出張土産。食っていいぜ」
バターチーズサンド、焼き菓子のようだ。クリームチーズとマスカルポーネのダブルクリームとある。厚みがあり二層になっているらしい。
「でもなぁ……うーん、バターにチーズ……太っちゃう」
「好きにしろよ。オレ、風呂入ってくんな」

正直なところ、最近ちょっとやばいとの自覚がありダイエット中だ。そこに23時を過ぎてのこの誘惑。打ち勝てる気がしない。迷いは一瞬で、せっかくだもんねと言い訳しつつ、紫帆は包みを開けた。
甘さと背徳感が入り混じって余計に美味しい。だが、食べ終わったあとの罪悪感。思わず風呂から出てきた三井のせいにしてしまう。

「もう、なんで目につくところに置いておくのよ」
「は?」
「食べちゃったよ、こんな時間に……寿のせいだから」
「ああ、それか。意志弱えな、やっぱり我慢できなかったんだ」

三井はそんな言いがかりなどまったくお構いなしに笑う。それどころかニヤリとしながら紫帆の頬を軽くつまみ上げた。

「あとで一緒に運動してやろうか、ベッドの上で」
「いい。遠慮する」
「食べた分、消費しねえとマズイんじゃね」
「いいってば。自分がしたいだけでしょ」
「そんなことねーよ。そうだとしてもオレは我慢できる男だから、おまえと違ってな」

黙ったままでいる紫帆を身体を曲げて覗き込み、さもおかしそうに三井は肩をすくめた。完全に面白がっている。しかし紫帆も負けていない。しっかり今のセリフを聞いた。
バスタオルを戻すと、三井はベッドに身体を投げ出すように横になり、そのままテレビを見始めた。夜中にやっているなんてことはないバラエティー番組だが、ときおり彼のツボに入るらしい。肩を揺すってくつろいだ笑い声をもらす。
紫帆は立ち上がり部屋の照明を落とすとベッドに近づき、相変わらず笑みを浮かべ画面を見入る三井の横に座った。

「ねえ、寿は我慢できるんだよね」
「ああ、鍛え方がちげーからよ」
「ふーん」

紫帆は立ち上がると、おもむろに着ているパジャマの下をスルリと脱いだ。ついで上のスナップを自らはずし、肩からハラリと落とした。
ピンクのナイトブラの上下。ちょっと色気が足りない気がしなくもないが、まあいいだろう。

「な、なんだよ……さっき拒否したくせに」
三井はちらりと視線を寄こすと、ダウンケットを引き寄せ、中にくるまるように背を向けた。
「ちょっとね、気が変わったの。でも寿は私と違って意志が強いんだよね」
「あ、ああ」

毛布の端をめくって紫帆も隣に横になった。その背中にそっと手を這わせると、布越しに三井の体温が伝わってくる。温かい。
紫帆は身体を浮かせ自分の背に手を回すと、ホックをはずし、ピンクのそれをわざと三井の鼻先をかすめるように前に落とした。
ふん、といった様子で上に向き直る三井。今度はその手を取って、自分の胸に導いた。意思を持たぬ大きな手が柔らかく触れる── が、一瞬後には慌てて離れていった。

「……なにしてんだよ」
紫帆はクスっと不敵な笑みを漏らし「誘惑」と言うと、三井の頬にキスをした。そして耳たぶを弄ぶように唇を寄せる。
「でも、我慢できる男なんだよね」
自分でも驚くほどの甘えた口調。何度も彼の首筋にそっとふんわり口づける。逃れようとする三井を舌で追う。その間中、三井は目をぎゅっと閉じたまま。
「ねえ、運動しない?」
吐息とともに皮肉と媚びを込めた言葉を発する。
「……しねえ」
「どうして? しようよ」
「おまえはそこで腹筋でもしてろ」

拒絶し続ける唇を優しく塞いでも、三井は頑として口を開こうとしない。紫帆は三井の上に覆いかぶさり、肌をぴたりと摺り寄せ、彼の髪を撫でながら誘いかける。
顔をそむけ、なんでもない風を装う三井だが、往々にして耐え忍ぶかのごとく歪む口元がセクシーだ。悪くない。紫帆は楽しくなってきた。これでもかと身体を絡め、甘く卑猥な吐息を注いだ。
なかなか三井もしぶとかったが、下に伸ばした紫帆の右手が、スウェットの下で熱を持った箇所を覆うとさすがに慌てた。

「ちょ、なにすんっ……」
「ん?」
「とにかく、やめろっ」
「ふふ、こんなになってる」

手は触れるだけでなく、しっかりと布の上から握っていた。すでに抗いがたいほどの感触は、隠そうとしても隠し切れない。

「我慢できるんじゃなかったっけ」

挑発的な紫帆のささやきに、三井の強く揺るぎないはずの忍耐も限界のようだ。突如くるりと身体を返して、紫帆を下にした。ダウンケットがはだけて、むき出しの上半身が夜に晒される。

「調子乗り過ぎなんだよ」

形勢逆転、至近距離で見下ろす三井の目は妖しく光る。その表情はどうしようもなく紫帆をときめかせ、もはや為す術はない。

「さあて、消費すっか」

仕返しとばかりに強引にくるかと思いきや、三井は愛おし気に優しいキスをする。目を閉じると、彼の匂いに包まれる。紫帆はたまらずに三井の首に両腕を回した。

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☆誘惑 牧Ver.
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