藤真長編U

□conte 23
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帰ったはずの矢野がニヤけた笑いを引っさげて戻ってきた。

「オレ、わかっちゃった。かもしれねえ?」
「何が?」
「まあまあ、焦んなって」と言いながら悠長に靴を脱いで、また藤真の部屋にあがりこんできた。

こいつ、コンビニに行ってきただけなんじゃねーか?そんな藤真のいぶかしげな視線にも屈せずに、相変わらずもったいつけた口調だが「今さ、そこで茉莉子のお母さんとバッタリ会ったんだ」と続けた。

「偶然ね」から始まった会話はなんの変哲もなく、だが、そのあとの言葉に矢野は耳を疑ったと言う。
藤真くんちの帰り? そういえばこの間はここで――

「スーパーで仲良く彼女と買い物してるおまえを見たって」

すごくお似合いだったわと愉快そうに話されて、矢野はピンときた。

「彼女? 何の話だよ……?」
「2週間ぐらい前っつったらわかるか?」

藤真は怪訝な顔をした。それってもしかして……脳裏をかすめたその考えを矢野は読み取ったかのように、「そ、そーゆこと」と言った。

いかにも昨日帰っていませんという格好であり、早々に立ち去りたかった矢野だが、茉莉子の母の言葉に足を止めた。
「それ、たぶん藤真の従妹っす」といちおう訂正を入れてみれば、「あら、そうなの? 茉莉子といいわね〜って話してたのに」と言うではないか。

茉莉子もその場にいたそうだ。まったく間が悪い。悪すぎる。しかもその後、インカレの会場で従妹とニアミスしている。きっと気付いたのだろう。あの日、明らかに茉莉子は元気がなく挙動不審だった。

「茉莉子はおまえに彼女がいると思ってる。これじゃね?」

そう考えると合点がいく。何かおかしいと思っていたのは、これだったのか。謎が解けた気分だ。
それはいい。ただ問題は……その誤解のさなかに何も知らず自分は―― だから藤真の告白は流された。というより流すしかなかったのだ。

しかも、そばにいて欲しいとは言ったが、決定的なことは何も言っていない。もっとはっきり言うべきだった。自分があんな曖昧な言い方しかしなかったから、茉莉子は……。
そう思いが至って初めて、あの日、泣かれた理由が、泣くしかなかった茉莉子の気持ちがわかるような気がした。

「オレのターンオーバー、おまえのスティールで救われるかもしれねえ」
「どうする? おばさんには彼女じゃねーっつっといたけど、茉莉子にも言っとく?」
「いや、この先は自分で立て直す。サンキュ」

流れはまだこっちにある、そう藤真は確信していた。いつの間にかサラリと自分の中に茉莉子の存在が沁みわたっていたように、茉莉子も自分の些細な変化に気づくほどにふたりの距離は近づいていたのだから。

「ところでさ、もう時間ねーからこのまま練習いく。Tシャツ貸してくんね?」
「ああ、先にシャワー使っていいぜ?」
「コノヤロ、いつもと違ってずいぶん待遇いいじゃねーか……」
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