藤真長編U

□conte 26
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渋谷で降りて、坂道をのぼっていく。茉莉子にとっては10年以上繰り返されてきた日課みたいなもので、周囲の光景は何ら変わりない。ただ、今朝はその景色の中に藤真がいる。

「次はオールジャパンだな」
「いつ?」「1月1日から」
「1日……すごい日程。お正月なんてないんだね」

交わされる会話も今までと何ら変わり映えしない。昨日のことは本当にあったことなのだろうかと疑ってしまうくらい。待ち合わせの駅についたのは、ほぼ同時だったこともあって、偶然会ったから成り行きで連れだって来たかのような気分になるのだが。

「運悪く初戦でプロとあたるからな……きっと翌日からオフになる」

高校生から社会人までが垣根なく対戦し、実力日本一を決める大会。近年、上位はプロチームが占めているのが現状だ。

「そうしたら、ちょっと落ち着くから。それまであんまり時間とれねえけど、こうやって少しでも一緒にいられたらって思ってる」

落ち着く? いや、茉莉子の落ち着きは彼方へ飛んでいく。特に目立った変化なく、今まで通りに接してくる藤真に油断していた。それなのにこの唐突なアプローチ。いっきに昨日のやりとりが脳裏に押し寄せてきた。

驚いたように自分を見上げてくる茉莉子に、藤真はこの顔が見たかったんだとほくそ笑む。自分の言動ひとつで彼女の表情はこうも変わるのだから、かわいい。だからこそ彼女を不安にさせたり、悲しませたりしてはいけない。その責任が自分にはあると思う。

かといって、彼女は簡単に相手に振り回されるほど脆くはない。「うん、私もそうしたい」と言ってくれた茉莉子。その目にはもう驚きの色はなく、しっとりとした柔らかさがあった。彼女のこのたおやかな安定感が心地よい。藤真の欲する安息だった。



心理学の講義。藤真と茉莉子が一緒に現れても、友人たちは気にも留めない。ふたりの関係に変化があったことは、まだ誰も知らない。
そんな彼女たちの後ろの席にふたりで並んで座ると、「ね、藤真くん」とひとりが振り向き話しかけてきた。

「クリスマスに皆でパーティーするんだけど、藤真くんもどう? 矢野から聞いてない?茉莉子言ってないの?」

藤真はチラッと茉莉子を見た。あっ、そうだ、という顔をしている。
「じゃ、ちゃんと誘っといて」と念を押されたところで、教授がやってきた。

「ごめん、それどころじゃなくて忘れてた……」

ププッと藤真が笑った。

「クリスマスパーティー?」
「お店借りて、アッコ達が仕切ってくれてるんだけど……」

茉莉子は言葉に詰まった。どうする?と藤真に聞いていいものか。

「試合前で忙しい……よね」
「そうだな、夜まで練習あるだろうし。でも、遅れてよければ行けるだろ。茉莉子とも会えるし、クリスマス気分も味わえるし」
「う〜ん、それは疑問。クリスマスの名を借りた、ただの飲み会だよ」

そう言って茉莉子は笑っていたけれど、だから「少しでも一緒に」って言っただろ?と言おうとして、それは教授のパスワードにかき消された。
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