藤真長編U

□conte 29
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以前もこうやって藤真の部屋でふたりきりになったことがあった。藤真が風邪をひいたとき……
あの時の居た堪れない空気と息苦しさが嘘のように、今は穏やかな心地よい時間が流れている。同じ空間とは思えない。

「いつも何聴いてるの?」
「洋楽中心。でも雑食で何でもいけるよ。前に試合見に来てくれた時に会った高野って覚えてる?」

夏休み中だっただろうか。初めて藤真の試合に行った時だ。偶然すぐ後ろに居合わせた彼。

「あいつ、ああ見えてけっこう音楽通でさ。今から思えばかなり影響うけたのかもしれねえ。これを聴けばモテる!とかわけわかんないこと言って薦めてくんだけど、ま、けっこう良くてハマってったり」
「そういえば男子校だったんだよね」
「男の園で、なおかつデカくて濃いのばっかり周りにいたな」

懐かしそうに語る藤真はとても優しい目をしている。「ま、むさ苦しい話だよ」と藤真は笑った。

「話して欲しいな。高校のときのことも、その前も。藤真くんのこと、もっと知りたい」
「オレのこと? もっと?」
「そう、人は“もっともっと”ってなるものだって言ったのは藤真くんだよ?」

かわいい“要求”だな、と藤真はいっそう笑みを深くした。それに比べて、さきほどから時折頭をかすめる自分のそれは、要求というより欲求に近い。
そっちに転がりかけそうな思考を意識して断ち切ると、藤真は「その前に……『私にプレゼントは?』って思わねえの?」とヘッドフォンをテーブルに置きながら言った。

「鍵、もらったよ?」
「何だよ、言うわりに無欲だなー」と言って、自分のバッグを漁ると、リボンのかかった小さな箱を「オレからのクリスマスプレゼント」と茉莉子の前に出した。

促されて開けてみると、クロスモチーフのドロップピアスだった。茉莉子の驚いた目を楽しむように、藤真は満足げに彼女を見やると、「つけてみてよ」と“要求”した。


確かにそうしろと言ったのは自分だが……藤真は困惑した。少し首をかしげるようにしてピアスをつけようとする仕草は、予想外に刺激的で色っぽい。しかもつけ終ったら、終わったで想像以上に……ヤバい。茉莉子の柔らかそうな頬の横で揺れるピアスを見ていると、自分の心積もりまで揺らいでくるようだ。

クリスマスの夜に―― それ自体はロマンチックかもしれない。でも、もっとゆっくり。大事にしたい。そう思っているのに……

「今日のその服に似合うよ」

何とかそんな言葉で意思のぐらつきを立て直そうとしたのだが、忍耐はすぐに限界に達した。手を伸ばし、ピアスに触れるも、視線は茉莉子の艶めいた唇に注がれる。
キスだけ――
藤真の手はそのまま彼女の首の後ろへ。軽く引き寄せると、茉莉子の目が見開かれた。
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