藤真長編U

□conte 32
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部屋の中は深く静まりかえっていた。いやそれどころか、どこからも物音ひとつ聞こえてこない。無理もない、元日の夜だ。

「静かだね……」
「みんな帰省してんだろうな」
「藤真くんは帰らなくていいの?」

彼の胸に頬寄せていたが、ふと顔をあげ問いかけると、チュッとキスされた。

「3日の夜にでもちょっと行ってくるか、とは思ってる。だから明日はのんびりしよーぜ?」
「藤真くんについていろいろレクチャーしてくれるんでしょ?」

藤真はニヤっと笑みを見せると、「そうだな、先に実践編から入っちまったけど」と茉莉子の顎に手をかけた。
唇を軽く吸い上げられ、何度も押し当てられ、さらに舌が入り込んでくる。離れたかと思うと、額を寄せて見つめられ、また軽く触れての繰り返し。心地よいループ。その度に頬に頭に添えられる手は大きくて温かくて。

「……藤真くんってキス魔……」
「知らなかった?」

口ではそう言ったものの、藤真はふいに笑いだした。自分がキス魔なんて自覚はない。そうか、そうだったのか、とその事実がおかしい。乱れた髪をかきあげながら、ゆっくり茉莉子に近づくとまたひとつキスを落とした。

「だって気持ちいいじゃん?」
「………」
「だからモルヒネの何倍もの精神安定効果があるらしいぜ」

気をよくした彼はいっそう熱心に――― してくる。
温かい藤真の唇の感触に穏やかな気持ちになる一方で、そこから絶え間ない刺激を脳に送られる。そして“もっと”と思わずにいられない。これはきっとキスの幸せな副作用なのだろう。

だがこのまま続けていては、きっとそれだけでは済まなくなると思った茉莉子は、藤真の両頬を手で包み込み、話を少し前に戻した。

「キス魔なのはわかったから。他に…えっと……」
「何が知りたい? 性的嗜好?」
「違う!」

茉莉子なら、そっち方面の少し無茶な要望も尊重してくれそうなんだけどな―― そう思ったから藤真は言ったのだが。
そしてそんな風に感じる自分は茉莉子に甘えているのかもしれない、などと藤真が思い巡らせている間に、茉莉子は何か思いついたらしい。

「じゃ、初恋の相手って?」
「あー、イトコかな」

それを聞いて、茉莉子の頭に浮かぶのは先日の彼女。だが藤真は「あいつじゃねーぞ」と言う。

「3っ上のあいつの姉貴。その姉の方が中学生になったとき、小学生の俺から見たら大人に見えてさ。ちょっとドキドキした記憶がある。気になるくせに実際会うとどうしたらいいかわからなくて、ろくにしゃべりもしねーの。笑っちゃうよな」

藤真は懐かしそうに話し始めた。家族のこと、神奈川の実家のこと。

「仲よかった妹さんのほうじゃなくてお姉さんってことは、年上がいいの?」
「そういうわけじゃねえけど、何だろうな……一緒にいて楽しいに『プラスα』を求めてんのかもな」
「『安らぎ』とか『理解』とか?」
「具体的にはうまく言えねえけど、でもある程度の『柔軟さ』は欲しい」
「『柔軟さ』……?」

藤真が相手に求めるものは何か、知りたい。自分がそれに応えられるかわからないが、何らかのヒントがないかと真面目に聞いているというのに――

相変わらず会話の隙間にキスを差し込んでくる。そして突然、「茉莉子って身体やわらかいよな」とポツリと口にした。

「バレエやってたって話さなかったっけ」
「ああ、そっか。じゃ、180度開脚も出来んの?」

既に藤真の手が背中と腰の辺りを撫でるように動き回っている。

「……なんかヤらしいんですけど……『柔軟』ってそういう意味じゃないのくらいわかるよ。臨機応変とか…フレキシブルとか……ァ…ん……ちょっ、やめ……」

「そういう難しい話は明日にしよーぜ」と言う藤真の笑みに―― 結局、茉莉子は流された。
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