大学編 流川

□conte 04
1ページ/1ページ


日曜の朝、まだ7時過ぎだというのに、枕元の携帯が鳴っている。画面には藤真の名があった。春眠を妨げられ不機嫌な声で出れば、向こうからは駅の改札特有のざわめきが伝わってきた。

「玲、流川んち行ってみてよ」
開口一番それだった。おはようぐらい言ってもいいんじゃないだろうか。
「………は? なに……意味わかんない」
「もうすぐ集合時間なのに来てないんだってさ。携帯も出ねえらしくて」

渋谷駅で今日の練習試合の相手でもある宮城に会ったそうだ。そういえば週末にA学大と、そんな話を流川からも聞いたかもしれない。今ならまだ先輩やコーチをごまかせるから、彼がいないか見てきて欲しいとのこと。ぜってーまだ寝てんすよ、と後ろで宮城の声がする。

「なんで私が……」
「頼むよ、遅刻したら試合出してもらえねえかも。だからワリいけど早く」
そういうことかと腑に落ちた。流川と対戦する久しぶりの機会を逃したくないらしい。とにかく急かされて、玲は渋々起き上がった。
「……かけ直す」

軽く上着をはおり、誰もいないのを確認してから廊下に出た。彼の部屋のインターフォンを押してみるが反応はない。連打したが、変わりなかった。
「もしもし、何度も鳴らしたけど出ないよ。そっち向かってる途中なんじゃ……」
折り返し掛けていたその時、薄くドアが開いた。流川だ。
「あ、いた!」
重い瞼は今にもまた閉じそうに玲を見下ろし、うるせえなと言わんばかり。身体を滑り込ませて玲はドアを押さえた。

「もう7時半になるよ! 今日、練習試合なんでしょ」
「………」
「ほら、これ宮城くん」
そう言って、携帯を流川の耳に押し付け渡すと、停止状態の思考がいっきに繋がったようで顔つきが変わった。そのまま回れ右する。
「あー、それ、私の」
手にある携帯にちらっと視線を落とすと、「ドーモ」と返された。どうせ礼を言うなら、わざわざここまで出向いてきたことのほうに感謝してもらいたい。

急げば皆が先方に到着する頃に合流出来るだろう。ドアを閉めて歩きだした玲は、春の暖かな陽光に目を細めた。すっきりと晴れ渡り、もったいないくらいのいい天気だ。
せっかく用もない休日に早く起きたのだから、久しぶりにバスケを見に行くのもいいかもしれない。自宅に戻ると身支度を始めた。




宮城の計らいにより、寝坊がバレずにすんだようだ。ハーフタイム後に流川がコートに出てきた。ポジションはやはり3番で、藤真が直接マークにつくことはないが、チームメイトにしきりに指示を出しているのがわかる。ボールが流川に渡った。

玲の知る流川は、そのほとんどが仙道から聞いた話であり、実際彼のバスケを見たことはあまりなかった。仙道のような器用さはないものの、ライバルと言われるだけあってプレイスタイルが似ているようだ。まだチームに馴染みきれていないところはあるが、宮城とはさすがにピタリと息があっている。ハンドリングスキルの高さは玲にもわかる。そしてルーキーであるにもかかわらず、大胆不敵な強気の姿勢。

仙道を思い出してしまう──
こういうこともあるかもしれないと覚悟はしていたが、少なからず気持ちは動揺していた。流川から目が離せない。視界に映る他のプレイヤーとは驚くほどかけ離れており、第3ピリオドの10分間だけで、玲に強烈な印象を残した。



「朝はサンキュ。よし、メシ食いに行こうぜ」
試合後、藤真に誘われた。
「それ、もちろん奢りだよね」
「もちろん、流川の奢りに決まってんだろ」

藤真と宮城と流川に自分。奇妙なメンツで、A学バスケ部御用達の中華料理屋に行くことになった。
西門から出た裏通りにある素朴な外観のその店は、すべての定食が800円で大盛り無料だそうだ。なるほど。流川が向かいに座るなり、「朝はあざっす」とペコリと頭を下げた。

「A学大で良かったよね。遠いとこだったらアウトだったよ」
「マジ、そう。それに藤真さんが機転きかせて玲ちゃんに電話してくれたから、助かったっすよ。玲ちゃん、またヤベえ時はよろしく」
気楽な調子で宮城が言った。
「冗談でしょ、無理。着信拒否する」
「ケチくせえな、ちょっとピンポン押すだけだろ。あ、なら、1回1,000円のバイトにすれば?」
そんなことを言うのは藤真だ。すると、「高え……」とぼそっと流川が呟くではないか。

「それに休日料金と7時前は早朝料金がプラスされるならいいよ」と玲が付け加えれば、流川に睨まれた。
「オレが起きりゃいい話だ」
「そうそう、わかってるじゃん。私は起こされたくないのでよろしく」

流川は不服そうにいくらか眉を寄せたが、小さく頷いた。彼には理解しがたいところが多々ありそうだが、ここ何回か接した限り、意外とこういう素直さもある。扱いにくそうでいて、そんなこともない。
その点、宮城は長い付き合いだけのことはある。コート上ではきっちりと流川を手懐けていた。出来れば、私生活も管理してもらいところ。

注文した料理がいっきに運ばれてきた。流川の前には中華丼セット。ふと彼の視線が何かを探してさまよっていることに玲は気付いた。
「これ?」

頷く流川にお酢を渡せば、思ったよりダイナミックな量をかけるので、藤真と玲は驚いた。
「かけ過ぎじゃね」
「いや、コイツいつもこうなんすよ。ラーメンとか何でもかけるし、この間部屋行ったら、油はねえのに酢は置いてあったよな」
宮城にしゃべらせて、流川はかまわず料理を口に運べば、とたんにむせた。
「かけ過ぎじゃん」
藤真が愉快そうに笑う。玲は流川に水を差し出し、ティッシュを取ってやった。


彼らは大盛りで各種定食をペロリと食べた。セットの半チャーハンは、余裕で他の店の普通サイズ以上だった。
膨れたお腹に満足しながら渋谷駅まで歩き、そこで藤真と宮城と別れた。当然だが、流川とは同じ方向だ。だが、違う路線の方へ行こうとするので、慌てて引き留めた。
「家、帰るんだよね? だったら向こうの改札だよ……行こ」

やはりこういう役回りか。自分のことを面倒見がいい人間だと思ったことはないが、流川といると世話を焼く羽目に陥り、調子が狂う。朝から始まったこの流れ、いっそ今日一日全うしても── そう思ったのは、乗り換え駅に着く直前に目に入った大きな看板のせいもある。

「ねえ、流川くん、あそこ寄っていかない?」
玲は窓の外を指さした。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ